#背中はもちろんエ���ァ
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汚辱の日々 さぶ
1.無残
日夕点呼を告げるラッパが、夜のしじまを破って営庭に鳴り響いた。
「点呼! 点呼! 点呼!」
週番下士官の張りのある声が静まりかえった廊下に流れると、各内務班から次々に点呼番号を称える力に満ちた男達の声が騒然と漠き起こった。
「敬礼ッ」
私の内務班にも週番士官が週番下士官を従えて廻って来て、いつもの点呼が型通りに無事に終った。辻村班長は、これも毎夜の通り
「点呼終り。古兵以上解散。初年兵はそのまま、班付上等兵の教育をうけよ。」
きまりきった台詞を、そそくさと言い棄てて、さっさと出ていってしまった。
班付上等兵の教育とは、言い換えれば「初年兵のビンタ教育」その日の初年兵の立居振舞いのすべてが先輩達によって棚卸しされ、採点・評価されて、その総決算がまとめて行われるのである。私的制裁をやると暴行罪が成立し、禁止はされていたものの、それはあくまで表面上でのこと、古兵達は全員残って、これから始まる凄惨で、滑稽で、見るも無残なショーの開幕を、今や遅しと待ち構えているのであった。
初年兵にとつては、一日のうちで最も嫌な時間がこれから始まる。昼間の訓練・演習の方が、まだしもつかの間の息抜きが出来た。
戦闘教練で散開し、隣の戦友ともかなりの距離をへだてて、叢に身を伏せた時、その草いきれは、かつて、学び舎の裏の林で、青春を謳歌して共に逍遙歌を歌い、或る時は「愛」について、或る時は「人生」について、共に語り共に論じあったあの友、この友の面影を一瞬想い出させたし、また、土の温もりは、これで母なる大地、戎衣を通じて肌身にほのぼのと人間的な情感をしみ渡らせるのであった。
だが、夜の初年兵教育の場合は、寸刻の息を抜く間も許されなかった。皓々(こうこう)とした電灯の下、前後左右、何かに飢えた野獣の狂気を想わせる古兵達の鋭い視線が十重二十重にはりめぐらされている。それだけでも、恐怖と緊張感に身も心も硬直し、小刻みにぶるぶる震えがくるのだったが、やがて、裂帛(れっぱく)の気合
怒声、罵声がいり乱れるうちに、初年兵達は立ち竦み、動転し、真ッ赤に逆上し、正常な神経が次第々に侵され擦り切れていった。
その過程を眺めている古兵達は誰しも、婆婆のどの映画館でも劇場でも観ることの出来ない、スリルとサスペンスに満ち溢れ、怪しい雰囲気につつまれた素晴しい幻想的なドラマでも見ているような錯覚に陥るのであった。幻想ではない。ここでは現実なのだ。現実に男達の熱気が火花となって飛び交い炸裂したのである。
なんともやりきれなかった。でも耐え難い恥辱と死につながるかもしれない肉体的苦痛を覚悟しない限り抜け出せないのである。ここを、この軍隊と云う名の檻を。それがあの頃の心身共に育った若者達に課せられた共通の宿命であった。
この日は軍人勅諭の奉唱から始まった。
「我ガ国ノ軍隊ハ代々天皇ノ統率シ賜ウトコロニゾアル……」
私は勅諭の奉唱を仏教の読経、丁度そんなものだと思っていた。精神が忘れ去られ、形骸だけが空しく機械的に称えられている。又虐げられた人々の怨念がこもった暗く重く澱んだ呻き、それが地鳴りのように聞こえてくるそんな風にも感じていた。
勅諭の奉唱が一区切りついたところで、一人の古兵が教育係の上等兵に何か耳うちした。頷いた上等兵は、
「岩崎、班長殿がお呼びだ。すぐ行けッ」
全員の目が私に���中している。少くとも私は痛い程そう感じた。身上調査のあったあの日以来、私は度々辻村机長から呼び出しをうけた。あいつ、どうなってんだろ。あいつ班長殿にうまく、ゴマすってるんじゃないか。あいつ、俺達のことを、あることないこと、班長殿の気に入るように密告してるんじゃないか。同年兵も古兵達も、皆がそんな風に思っているに違いない。私は頑なにそう思い込んでいた。
つらかった。肩身が狭かった。
もともと私は、同年兵達とも古兵達とも、うまくいっていなかった。自分では余り意識しないのだが、私はいつも育ちや学歴を鼻にかけているように周囲から見られていたようである。運動神経が鈍く、腕力や持久力がからっきし駄目、することなすことがヘマばかり、ドジの連続の弱兵のくせに、その態度がデカく気障(きざ)っぽく嫌味で鼻持ちがならない。そう思われているようだった。
夏目漱石の「坊ちゃん」は親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしていたと云うが、私は生まれつき人みしりのする損なたちだった。何かの拍子にいったん好きになると、その人が善人であれ悪人であれ、とことん惚れ込んでしまうのに、イケ好かない奴と思うともう鼻も引つかけない。気軽に他人に話しかけることが出来ないし、話しかけられても、つい木で鼻をくくったような返事しかしない。こんなことではいけないと、いつも自分で自分を戒めているのだが、こうなってしまうのが常である。こんなことでは、同年兵にも古兵にも、白い眼で見られるのは至極当然内務班でも孤独の影がいつも私について廻っていた。
あいつ、これから始まる雨霰(あめあられ)のビンタを、うまく免れよって――同年兵達は羨望のまなざしを、あいつ、班長室から戻って来たら、ただではおかないぞ、あの高慢ちきで可愛いげのないツラが変形するまで、徹底的にぶちのめしてやるから――古兵達は憎々しげなまなざしを、私の背に向って浴せかけているような気がして、私は逃げるようにその場を去り辻村班長の個室に急いだ。
2.玩弄
部屋の前で私は軽くノックした。普通なら「岩崎二等兵、入りますッ」と怒鳴らねばならないところだが、この前、呼び出しをうけた時に、特にノックでいいと辻村班長から申し渡されていたのである。
「おう、入れ」
低いドスのきいた返事があった。
扉を閉めると私はいったん直立不動の姿勢をとり、脊筋をぴんとのばしたまま、上体を前に傾け、しゃちこばった敬礼をした。
辻村班長は寝台の上に、右手で頭を支えて寝そべりながら、じっと私を、上から下まで射すくめるように見据えていたが、立ち上がって、毛布の上に、どっか��あぐらをかき襦袢を脱ぎすてると、
「肩がこる、肩を揉め」
傲然と私に命じた。
私も寝台に上がり、班長の後に廻って慣れぬ手つきで揉み始めた。
程よく日焼けして艶やかで力が漲っている肩や腕の筋肉、それに黒々とした腋の下の毛のあたりから、男の匂いがむっと噴き出てくるようだ。同じ男でありながら、私の身体では、これ程官能的で強烈な匂いは生まれてこないだろう。私のは、まだまだ乳臭く、淡く、弱く、男の匂いと云うには程遠いものであろう。肩や腕を、ぎこちない手つきで揉みながら、私はふっと鼻を彼の短い頭髪やうなじや腋に近づけ、深々とこの男の乾いた体臭を吸い込むのだった。
「おい、もう大分、慣れて来たか、軍隊に」
「……」
「つらいか?」
「いエ……はァ」
「どっちだ、言ってみろ」
「……」
「つらいと言え、つらいと。はっきり、男らしく。」
「……」
「貴様みたいな、娑婆で、ぬくぬくと育った女のくさったようなやつ、俺は徹底的に鍛えてやるからな……何だ、その手つき……もっと、力を入れて……マジメにやれ、マジメに……」
辻村班長は、岩崎家のぼんぼんであり、最高学府を出た青白きインテリである私に、マッサージをやらせながら、ありったけの悪態雑言を浴びせることを心から楽しんでいる様子であった。
ごろりと横になり、私に軍袴を脱がさせ、今度は毛深い足や太股を揉みほぐし、足の裏を指圧するように命じた。
乱れた越中褌のはしから、密生した剛毛と徐々に充血し始めた雄々しい男の肉茎が覗き生臭い股間の匂いが、一段と激しく私の性感をゆさぶり高ぶらせるのであった。
コツコツ、扉を叩く音がした。
「おお、入れ」
私の時と同じように辻村班長は横柄に応えた。今時分、誰が。私は思わず揉む手を止めて、その方に目を向けた。
入って来たのは――上等兵に姿かたちは変ってはいるが――あっ、辰ちゃんではないか。まぎれもなく、それは一丁目の自転車屋の辰ちゃんなのだ。
私の家は榎町二丁目の豪邸。二丁目の南、一丁目の小さな水落自転車店、そこの息子の辰三は、私が小学校の頃、同じ学年、同じクラスだった。一丁目と二丁目の境、その四つ角に「つじむら」と云ううどん・そば・丼ぶり物の店があり、そこの息子が今の辻村班長なのである。
私は大学に進学した関係で、徴兵検査は卒業まで猶予されたのであるが、彼―― 水落辰三は法律通り満二十才で徴兵検査をうけ、その年か翌年に入隊したのだろう。既に襟章の星の数は私より多く、軍隊の垢も、すっかり身についてしまっている様子であ���。
辰ちゃんは幼い時から、私に言わせれば、のっぺりした顔だちで、私の好みではな��ったが、人によっては或いは好男子と言う者もあるかもしれない。どちらかと言えば小柄で小太り、小学校の頃から既にませていて小賢しく、「小利口」と云う言葉が、そのままぴったりの感じであった。当時のガキ大将・辻村に巧みにとり入って、そのお気に入りとして幅をきかしていた。私が中学に入って、漢文で「巧言令色スクナシ仁」と云う言葉を教わった時に「最っ先に頭に想い浮かべたのはこの辰ちゃんのことだった。ずる賢い奴と云う辰ちゃんに対する最初の印象で、私は殆んどこの辰ちゃんと遊んだ記憶も、口をきいた記憶もなかったが、顔だけは、まだ頭の一隅に鮮明に残っていた。
辻村班長は私の方に向って、顎をしゃくり上げ、辰ちゃん、いや、水落上等兵に、「誰か分かるか。」
意味あり気に、にやっと笑いながら尋ねた
「うん」
水落上等兵は卑しい笑みを歪めた口もとに浮かべて頷いた。
「岩崎、裸になれ。裸になって、貴様のチンポ、水落に見てもらえ。」
頭に血が昇った。顔の赤らむのが自分でも分った。でも抵抗してみたところで、それが何になろう。それに恥ずかしさに対して私は入隊以来もうかなり不感症になっていた。部屋の片隅で、私は手早く身につけていた一切合切の衣類を脱いで、生まれたままの姿にかえった。
他人の眼の前に裸身を晒す、そう思うだけで、私の意志に反して、私の陰茎はもう「休メ」の姿勢から「気ヲ付ケ」の姿勢に変り始めていた。
今日は辻村班長の他に、もう一人水落上等兵が居る。最初から突っ張ったものを披露するのは、やはり如何にもきまりが悪かった。しかも水落上等兵は、私が小学校で級長をしていた時の同級生なのである。
私の心の中の切なる願いも空しく、私のその部分は既に独白の行動を開始していた。私はどうしても私の言うことを聞かないヤンチャ坊主にほとほと手を焼いた。
堅い木製の長椅子に、辻村班長は越中褌だけの姿で、水落上等兵は襦袢・軍袴の姿で、並んで腰をおろし、旨そうに煙草をくゆらしていた。班長の手招きで二人の前に行くまでは、私は両手で股間の突起を隠していたが、二人の真正面に立った時は、早速、隠し続ける訳にもいかず、両手を足の両側につけ、各個教練で教わった通りの直立不動の姿勢をとった。
「股を開け。両手を上げろ」
命ぜられるままに、無様な格好にならざるを得なかった。二人の視線を避けて、私は天井の一角を空ろに眺めていたが、私の胸の中はすっかり上気して、不安と、それとは全く正反対の甘い期待とで渦巻いていた。
二人は代る代る私の陰茎を手にとって、きつく握りしめたり、感じ易い部分を、ざらざらした掌で撫で廻したりしはじめた。
「痛ッ」
思わず腰を後にひくと、
「動くな、じっとしとれ」
低い威圧的な声が飛ぶ。私はその部分を前につき出し気味にして、二人の玩弄に任せると同時に、高まる快感に次第に酔いしれていった。
「廻れ右して、四つん這いになれ。ケツを高くするんだ。」
私の双丘は水落上等兵の手で押し拡げられた。二人のぎらぎらした眼が、あの谷間に注がれていることだろう。板張りの床についた私の両手両足は、時々けいれんをおこしたように、ぴくッぴくッと引き吊った。
「顔に似合わず、案外、毛深いなアこいつ」
水落上等兵の声だった。突然、睾丸と肛門の間や、肛門の周囲に鈍い熱気を感じた。と同時に、じりッじりッと毛が焼けて縮れるかすかな音が。そして毛の焦げる匂いが。二人は煙草の火で、私の菊花を覆っている黒い茂みを焼き払い出したに違いないのである。
「熱ッ!」
「動くな、動くとやけどするぞ」
辻村班長の威嚇するような声であった。ああ、目に見えないあのところ、今、どうなってるんだろう。どうなってしまうのだろう。冷汗が、脂汗が、いっぱいだらだら――私の神経はくたくたになってしまった。
3.烈情
「おい岩崎、今日はな、貴様にほんとの男ってものを見せてやっからな。よーく見とれ」
四つん這いから起きあがった私に、辻村班長は、ぶっきらぼうにそう言った。辻村班長が水落上等兵に目くばせすると、以心伝心、水落上等兵はさっさと着ているものを脱ぎ棄てた。裸で寝台の上に横になった水落上等兵は、恥ずかしげもなく足を上げてから、腹の上にあぐらを組むように折り曲げ、辻村班長のものを受入れ易い体位になって、じっと眼を閉じた。
彼白身のものは、指や口舌で何の刺戟も与えていないのに、既に驚くまでに凝固し若さと精力と漲る力をまぶしく輝かせていた。
「いくぞ」
今は褌もはずし、男一匹、裸一貫となった辻村班長は、猛りに猛り、水落上等兵を押し分けていった。
「ううッ」
顔をしかめ、引き吊らせて、水落上等兵は呻き、
「痛ッ……痛ッ……」と二言三言、小さな悲鳴をあげたが、大きく口をあけて息を吐き、全身の力を抜いた。彼の表情が平静になるのを待って、辻村班長はおもむろに動いた。大洋の巨大な波のうねりのように、大きく盛り上がっては沈み、沈んでは又大きく盛り上がる。永落上等兵の額には粒の汗が浮かんでいた。
凄まじい光景であった。凝視する私の視線を避けるように、流石の永落上等兵も眼を閉じて、烈しい苦痛と屈辱感から逃れようとしていた。
「岩崎、ここへ来て、ここをよーく見ろ」
言われるがままに、私はしゃがみこんで、局部に目を近づけた。
一心同体の男達がかもし出す熱気と、激しい息づかいの迫力��圧倒されて、私はただ茫然と、その場に崩れるようにすわりこんでしまった。
戦いは終った。戦いが烈しければ烈しい程それが終った後の空間と時間は、虚しく静かで空ろであった。
三人の肉体も心も燃え尽き、今は荒涼として、生臭い空気だけが、生きとし生ける男達の存在を証明していた。
男のいのちの噴火による恍惚感と、その陶酔から醒めると、私を除く二人は、急速にもとの辻村班長と水落上等兵に戻っていった。先程までのあの逞しい情欲と激動が、まるで嘘のようだった。汲(く)めども尽きぬ男のエネルギーの泉、そこでは早くも新しい精力が滾々(こんこん)と湧き出しているに達いなかった。
「見たか、岩崎。貴様も出来るように鍛えてやる。寝台に寝ろ。」
有無を言わせぬ強引さであった。
あの身上調査のあった日以来、私はちょくちょく、今夜のように、辻村班長の呼び出しをうけていたが、その度に、今日、彼が水落上等兵に対して行ったような交合を私に迫ったのである。しかし、これだけは、私は何としても耐えきれなかった。頭脳に響く激痛もさることながら、襲いくる排便感に我慢出来ず私は場所柄も、初年兵と云う階級上の立場も忘れて、暴れ、喚き、絶叫してしまうので、辻村班長は、ついぞ目的を遂げ得ないままであった。
その時のいまいましげな辻村班長の表情。何かのはずみでそれを想い出すと、それだけで、私は恐怖にわなないたのであるが、辻村班長は一向に諦めようとはせず、執念の劫火を燃やしては、その都度、無残な挫折を繰り返していたのである。
その夜、水落上等兵の肛門を責める様を私に見せたのは、所詮、責められる者の一つの手本を私に示す為であったかもしれない。
「ぐずぐずするな。早くしろ、早く」
ああ、今夜も。私は観念して寝台に上がり、あおむけに寝た。敷布や毛布には、先程のあの激突の余儘(よじん)が生温かく、水落上等兵の身体から滴り落ちた汗でじっとりと湿っていた。
私の腰の下に、枕が差し込まれ、両足を高々とあげさせられた。
「水落。こいつが暴れんように、しっかり押さえつけろ。」
合点と云わんばかりに、水落上等兵は私の顔の上に、肉づきのいい尻をおろし、足をV字形に私の胴体を挟むようにして伸ばした。股の割れ目は、まだ、水落上等兵の体内から分泌された粘液でぬめり、私の鼻の先や口許を、ねばつかせると同時に、異様に生臭い匂いが、強烈に私の嗅覚を刺戟した。
「むむッ」
息苦しさに顔をそむけようとしたが、水落上等兵の体重で思うにまかせない。彼は更に私の両足首を手荒く掴んで、私の奥まった洞窟がはっきり姿を見せるよう、折り曲げ、組み合わせ、私の臍の上で堅く握りしめた。
奥深く秘められている私の窪みが、突然、眩しい裸電球の下に露呈され、その差恥感と��期される虐待に対する恐怖感で、時々びくっびくっと、その部分だけが別の生き物であるかのように動いていた。
堅い棒状の異物が、その部分に近づいた。
思わず息をのんだ。
徐々に、深く、そして静かに、漠然とした不安を感じさせながら、それは潜行してくる。ああッ〃‥ああッ〃‥‥痛みはなかった。次第に力が加えられた。どうしよう……痛いような、それかと云って痛くも何ともないような、排泄を促しているような、そうでもないような、不思議な感覚が、そのあたりにいっぱい。それが、私の性感を妖しくぐすぐり、燃えたたせ、私を夢幻の境地にさそうのであった。
突然、激痛が火となって私の背筋を突っ走った。それは、ほんのちょっとした何かのはずみであった。
「ぎゃあッ!!」
断末魔の叫びにも似た悲鳴も、水落、上等兵の尻に押さえつけられた口からでは、単なる呻きとしか聞きとれなかったかもしれない。
心をとろけさせるような快感を与えていた、洞窟内の異物が、突如、憤怒の形相に変わり、強烈な排便感を伴って、私を苦しめ出したのである。
「お許し下さいッ――班長殿――お許しッ ――お許しッ――ハ、ハ、班長殿ッ」 言葉にはならなくても、私は喚き叫び続けた。必死に、満身の力を振り絞って。
「あッ、汚しますッ――止めて、止めて下さいッ――班長殿ッ――ああ――お願いッ――お許しッ――おおッ――おおッ―― 」
「何だ、これくらいで。それでも、貴様、男か。馬鹿野郎ッ」
「ああッ、……痛ッ……毛布……毛布……痛ッ――汚れ――汚れますッ――班長殿ッ」
毛布を両手でしっかりと握りしめ、焼け爛れるような痛さと、排便感の猛威と、半狂乱の状態で戦う私をしげしげと眺めて、流石の辻村班長も、呆れ果てで諦めたのか、
「よしッ……大人しくしろ。いいか、動くなッ」
「うおおおー!!!」
最後の一瞬が、とりわけ私の骨身に壊滅的な打撃を与えた。
「馬鹿野郎。ただで抜いてくれるなんて、甘い考えおこすな。糞ったれ」
毒づく辻村班長の声が、どこか遠くでしているようだった。
終った、と云う安堵感も手伝って、私は、へたへたとうつ伏せになり、股間の疼きの収まるのを待った。身体じゅうの関節はばらばら全身の力が抜けてしまったように、私はいつまでも、いつまでも、起き上がろうとはしなかった。
班長の最後の一撃で俺も漏らしてしまったのだ。腑抜けさながら。私はここまで堕ちに堕ちてしまったのである。 瞼から涙が溢れ、男のすえた体臭がこびりついた敷布を自分の汁と血で汚していた。
どれだけの時間が、そこで停止していたことか。
気怠(けだる)く重い身体を、もぞもぞ動かし始めた私。
「なんだ、良かったんじゃねぇか、手間取らせやがって」
おれの漏らした汁を舐めながら辻村班長が言った。
そして汚れたモノを口に突っ込んできた。
水落上等兵は、おいうちをかけるように、俺に覆い被さり、聞こえよがしに��ずさむのであった。
新兵サンハ可哀ソウダネ――マタ寝テカクノカヨ――
(了)
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ひとみに映る影 第二話「スリスリマスリ」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。 書籍版では戦闘シーンとかゴアシーンとかマシマシで挿絵も書いたから買ってえええぇぇ!!! →→→☆ここから買おう☆←←← (あらすじ) 私は紅一美。影を操る不思議な力を持った、ちょっと霊感の強いファッションモデルだ。 ある事件で殺された人の霊を探していたら……犯人と私の過去が繋がっていた!? 暗躍する謎の怪異、明らかになっていく真実、失われた記憶。 このままでは地獄の怨霊達が世界に放たれてしまう! 命を弄ぶ邪道を倒すため、いま憤怒の炎が覚醒する!
(※全部内容は一緒です。) pixiv版
◆◆◆
「いつも通り一美ちゃんの人権を無視して拉致が敢行されんとしていた、その時! 我らが極悪非道ロリータの志多田佳奈(しただかな)ちゃんは、ひょんな事から英雄物流(ヒーロジスティクス)密売事件の重要人物、石油王こと平良鴨譲司(へらがもじょうじ)氏と再会する! かくして始まった「したたび」放送開始以来異例のインタビューはまァだまだ続く! それではまた来週~!」
譲司さんをテレビ湘南(しょうなん)のクルーに連れていかれて、私はオリベさんと、彼女が連れてきた高校生ぐらいの女の子を乗せたミニバンを運転し、先に熱海町に向かう事にした。
大人になって東京でファッションモデルをし��いた私は、たまたまオーディションに受かったヒーローショーイベントの仕事でアイドルの志多田佳奈さんと出会い、 それ以来彼女の冠番組「ドッキリ旅バラエティしたたび」に、ドッキリ企画と称していつもノーアポで連れ回されている。 テレビ出演が増えたのは嬉しいけど、最近の私にはまるでプライベートがない。 テレビ局は何故か事務所とグルで私のスケジュールを完全に把握しているし、いざ連れていかれると、 原付で一都六県を一周させられたり、ドーバー海峡をスワンボートで横断させられたり、ともかく割に合わない過酷なロケに付き合わされる。 なので今回あの番組の矛先が譲司さんに向いたのをいい事に、私達はこれ幸いと先に行かせて頂く事にしたのだった。
撮影が一段落つくだろう時間を見計らい、矢板(やいた)のサービスエリアで一旦休憩する。 オリベさんが譲司さんに「終わったら新幹線で来てね」とメールを入れている間、私は後部座席で背中を丸めている女の子を見た。 パステルピンクのドルマンスウェットと同色のシュシュ、真っ赤なバルーンスカート。典型的なオルチャンファッションだ。
<さすがファッションモデル、よくわかったわね。その子は韓国人よ>
隣のオリベさんが目で語ってくる。 医療機器エンジニアのオリベ・ヒメノさんは、子供の頃に脳神経をやられて声を失ってしまったユダヤ人の女性だ。 でもその代わりに、脳から直接テレパシーを送受信する力を持っている。だから日本語が喋れなくても会話できる。
今回熱海町に行くメンバーは全員、NICという脳神経科学研究機関の関係者で、その中でも脳の異常発達や霊能力によって特殊な力を使える人達だ。 数時間前に連れていかれた譲司さんも、肺に取りこんだ空気の成分や気圧差で色んな事を読み取るダウジングや、物に触って過去を読むサイコメトリーといった「特殊脳力」を持っている。 だから多分、この子も「特殊脳力者」なのだろう。 顔色が良くないので、休憩所に連れていく事にした。
「Sorry for the late introduction, because I was driving. I’m Hitomi. And how can I call you?」 (運転中に自己紹介できなくてごめんね。 私は一美です。あなたのお名前は?)
涼しい外のベンチに並んで座り、私はとりあえず英語で話しかける。 ���述の「したたび」で度々海外ロケにも連れていかれるせいで、ある程度英語が話せるようになっていたのは不幸中の幸いというか、怪我の功名というか。 でも女の子は俯き加減のまま私を見上げて、消え入りそうな声で「日本語でいいヨ」と言った。
「私パク・イナです。日本語の方がいい。 ヒトミさんテレビの韓国で見てた知ってるます。会えたの嬉しいヨ」 イナちゃんと名乗った女の子は、少しカタコトだけど聞き取りやすい日本語でスラスラと答えた。 でも、「会えたの嬉しい」と言う割にはまだ元気がないように見える。 「酔っちゃった?できるだけ安全運転したけど、ごめんね…」 背中をさすろうと思って彼女に触れると、小刻みに震えていた。
「スリスリマスリ…スリスリマスリ…」 よく耳をすますと、イナちゃんは両手を強く握りしめてなにか呟いている。 意味はわからないけど、韓国語か…
その時、ふと目線を上げると、ベンチの周りに数匹のカラスが集まっていた。いや、カラスだけじゃない。 「ニャーン…」背後から猫の鳴き声。 振り向くとそこには、おびただしい数の動物霊、交通事故死した人間の浮遊霊、魂未満の小さな鬼火、生きた野良猫、蟻やゴキブリ、目の焦点の合っていない小さい子供… 自我の弱い生き物や魂達が、私達の半径2m外を取り囲んでいた。
「ひっ…」恐怖で声が出そうになるのをこらえる。 動物霊はこちらが見えている事に気付くと襲ってくる事があるから、なるべく目を合わせないようにしなければいけない。 「スリスリマスリ…スリスリマスリ…」 イナちゃんが何と言っているかはわからないけど、その言葉のおかげで集まっているものたちがそれ以上近寄って来ない事を直感で理解する。しかし、
バサバサバサッ!!喫煙所の屋根から土鳩の群れが私達めがけて飛来し、イナちゃんは驚いて呟きを止めてしまった。 すかさず大量の霊魂と生物が私達に押し寄せる!
私はイナちゃんをかばいながら、足の裏の自分の影に意識を集中させた。 幸いその日はカンカン照りの快晴、光源は充分ある。 床に置いたワンピースを下から持ち上げて着るように、自分達の体を影で覆いながら、周囲の光の屈折を歪める。 私達を覆う影が濃くなるにつれて、その分行き場を失った光線が影の外縁で乱反射する。 その反射率がほぼ100%になると、私達の姿は彼らから全く見えなくなった。影法師の「影鏡(かげかがみ)」という術だ。
彼らは目標を見失って立ち止まった。しかし未だに私達を取り囲んだまま動かない。 私は第二の手に出る。影鏡の輪郭を半球状に広げながら屈折率を更に強めていく。 自分達の視界が完全な漆黒になるけど、その外側は電球のように光っているはずだ。 そのまま集めた光を360度放射する。 「ぎゃあああ!」幾つか叫び声が上がると同時に視界が戻ると、彼らは強烈な紫外線を浴びて散り散りに逃げていた。 「今のうちに戻るよ!」 私はイナちゃんの肩を押して車へ駆け戻った…。
◆◆◆
<さすがね、ミス・ヒトミ!イナをあなたに任せた甲斐があったわ> 運転を交代してくれたオリベさんが、まるでヒーローショーでも見ていたかのように呑気に言う。 イナちゃんは極度の「引き寄せ体質」で、特に精神的に緊張したりストレスを感じてしまうと何でもかんでも引き寄せてしまうらしい。 韓国で色んなお寺や教会、霊能者を頼ってもどうにもならず、ご両親がダメもとで病院に連れて行ったら、NIC会員の医師に研究対象として保護された。 そして来週からインドネシアにある脳力者児童専門の養護施設、「キッズルームバリ島院」にて、体質をコントロール出来るようになるまで住みこみでリハビリする事になったという。
<イナのギャザリング体質は今回のミッションに適しているわ。 ジョージも丁度来週からバリ島院の養護教諭になるし、日本で待ち合わせて一緒に出発しましょうって話になったの。 この子がタルパの聖域フクシマに行くと思うと…とってもワクワクするわね!>オリベさんが意地悪に笑う。 「いやいやいや、本人はとってもビクビクしてるんですけど!?福島の心霊スポット系は本当にヤバいんですよ!! ていうか肝心の譲司さんが別行動ですし!」 <平気平気!あなたが付いているもの。 それにインドネシアの悪霊は韓国や日本のよりも刺激が強いから、少しぐらい鍛えておかなきゃでしょ>
確かにオリベさんの言う通りではあるけど、当のイナちゃんはあれからずっと私の腕にしがみついている。 (オリベさんに運転を変わってもらったのはこのためだ。) ちなみに刺激が強いというのは、物理的に交通事故などの事故死亡率が多い国は当然幽霊もスプラッターな姿の方が多いという事だ。 私も「したたび」でインドネシアに行ったことがあるけど、実際バイク大国で信号が少なかったし、 観光客がバシャバシャ写真を撮っている公園で白昼堂々首なしの野良犬の霊がうろついていたのも確かだ。
「イナちゃん大丈夫だよ。福島は色んな姿をした人工の魂が多いから、幽霊さん達も死んだ時のままじゃなくて、 おしゃれに自分の好きな姿にしてる方が多いんだ。 ゾンビみたいな人はめったにいないから、安心して。 そうだ…おしゃれといえば、渋谷とか原宿には行ったことある?」
私が「渋谷とか原宿」と言った瞬間、曇っていたイナちゃんの目がキラリと輝いた。 「シブヤ、ハラジュク!」 やっぱり。オルチャンガールだから���応すると思った。
「かわいい物は好き?」 「かわいい」という単語を聞いて、イナちゃん��表情が更に明るくなる。 「うん!日本のかわいい好き!! 大人になったらアイドルになりたいです。だから日本語勉強してるだヨ! 「したたび」のカナちゃんは一番好き日本のアイドル!」 一気に饒舌になって力説し、一瞬はっとして「でもヒトミちゃんも同時な好きヨ!」と小さくフォローを入れてくれた。 いつの間にか「ヒトミさん」が「ヒトミちゃん」になっていたのが、ちょっと嬉しかった。 「じゃあ無事にこの旅が終わったら、一緒に渋谷と原宿でお買い物しようね」
その後の車内は、熱海町に着くまでさながら女子会のようにずっと盛り上がっていた。 それぞれの国にあるかわいい物、悪い霊から身を守る色んなおまじない、 最近流行っているコーデ、スイーツ、 それに三児のママであるオリベちゃんの子育て苦労話も。 気がつくと私達全員が全員をちゃん付けで呼び合うようになっていた。 この旅の本来の目的については、誰一人触れようとしなかった。
◆◆◆
「磐梯熱海温泉(ばんだいあたみおんせん) 右折」という三角のモニュメントを確認して、熱海町に入ったのを実感する。 ここは東北新幹線の停まる郡山(こおりやま)駅からも近い温泉街だ。 都心の観光地に比べると小さい町だけど、町内には温泉やスポーツ施設、無料で入れる足湯などがあり、県内外の人々に愛されている。 駅から安達太良山(あだたらやま)の方向に登っていくと石筵だ。 私や玲蘭ちゃんが修行していた霊山や、その更に奥には牛の乳搾りやバーベキューを楽しめるふれあい牧場がある。 残念ながら今回は遊びに来たんじゃないけど、目的が早く済んだら観光案内をする約束だ。
貸し切り民宿に大きな荷物と車を置いて、ようやく私達は本題に入った。
<イナちゃん。NIC会員の規定は知っているわよね?> オリベちゃんが真剣な目でイナちゃんを見据える。 イナちゃんは緊張した声で答えた。 「はい。ひとつ、自分のセレキック・アビリティ(超脳力)、人を助けるに使うこと。 ふたつ、私は医療発展に大事な人だから、自分とアビリティ一番大事なすること。 みつ…犯罪するセレキックいたら、積極的原因究明すること」
イナちゃんが私にも伝わるように日本語で言ってくれたNIC会員規定は、私も会員登録の時に一読した事がある。 NICは医師団の組織でありつつ、警察と協力して超脳力者が関与する事件の捜査をする義務もある。 そういった事件には、一般的な事件捜査では処理できない超常的な現象や証拠があるからだ。
<その通りよ。あなたにはこれから、その引き寄せ体質でとある行方不明の脳力者捜索を手伝ってもらうわ。 但しもちろん、いつだってあなた自身の身の安全が最優先よ> 「��はい、覚悟準備終わてます」 気丈に答えるイナちゃんだけど、まだその表情は固く、私はサービスエリアでの不安そうな彼女を思い出した。 ひょっとしたらこの件はイナちゃんにとって、自分のコンプレックスである体質が、初めて人のために役立つ機会なのかもしれない。 それに「犯罪捜査」なんて言われると、なにか恐ろしい事に関わるんじゃないか…というイメージもあると思う。 そう考えると緊張するのもわかる気がした。 でも、オリベちゃんは優しく微笑み、鞄から小ぶりな米袋ほどの大きさの何かを取り出した。
<唯一の手がかりは…これよ> それは人形だった。色褪せた赤青の布を雑に縫い合わせて作られたものだ。 手足がなく、顔も左右ちぐはぐな目をしたブリキのお面で、背中側にはネジや釘が飛び出した機械がついている。 人形を手渡されたイナちゃんが不思議そうに機械のハンドルを上下すると、それに連動してお面の顎もカコカコと上下する。 まるでゴミ捨て場のガラクタで作った獅子舞のようだ。
<その人形には昔、ジャックというタルパが宿っていた。彼は私やジョージの幼馴染だったの。 でもジャックの魂は日本で行方不明になってしまっていて、これから私達は彼を探しに行くのよ> 「たるぱ?」 「人工妖精、人が作った魂のことだよ」 首を傾げるイナちゃんに私が補足した。 この熱海町や石筵、県外からの修行者も訪れる魂作りの聖地なら、ジャック君が見つかるかもしれない。 オリベちゃんはそう考えて私に案内を依頼したのだった。
<地味な依頼で拍子抜けしたかしら?>オリベちゃんが人形の金具を弄びながら言う。 「そ…そんなことないヨ!お友達探す頑張ります!」 <ありがとう、心強いわ!じゃあヒトミちゃん、案内をお願い> 「はい。まずは、この辺りの神様であるお不動様と萩姫様のお寺に挨拶に行きます。 萩姫様は影法師のお姿をお持ちで話が出来るから、ジャック君について聞いてみましょう」
◆◆◆
温泉街から見て駅の反対側へ抜けると、萩姫様の伝説に縁のある五百川(ごひゃくがわ)があり、萩姫様がお住まいの大峯不動尊はその先の小高い丘の上に建っている。 私は同伴者二人をそこに案内し、鈴を振り鳴らしてから真言を唱えた。 すると屋根の下の日陰が一箇所に集まっていき、大きな市女笠を被った女性のシルエットになった。この方が萩姫様だ。 その影の御姿はよく目を凝らして見れば、細かい陰影によってお顔や着物の細部まで鮮やかに視認できる。
「ようこそいらっしゃいました、旅のお方よ…」 そう言いかけた萩姫様が笠の下から私達を見上げると、アルカイックな営業スマイルが驚きの表情に変わった。 「…あれ、ひーちゃん?」
「お久しぶりです、萩姫様!」 「なんだぁ、ひーちゃんならわざわざ真言で呼ばなくてもいいのに」 「親しき仲にも礼儀ありってやつですよ。それに、お客さんの手前だから格好つけたかったし」 私が同伴者2人に目配せすると、笠を脱いで足元の影に放り投げようとしていた萩姫様が慌ててそれを被り直し、再びアルカイックなキメ顔を繕った。 オリベちゃんがくすっと口角を上げ、<似てるのね、あなたとプリンセス・ハギって!>と私にテレパシーを送った。
私達は萩姫様に人形を見せ、事情を説明する。 「うーん…人形に見覚えはないな。その『じゃっく君』を作った人の名前はわかる?」 「はい。サミュエル・ミラーというアメリカ人です。 日本に帰化して、今は水家曽良(みずいえそら)と名乗っているそうです」 萩姫様は少し考えた後、 「…うん、やっぱり知らないな。何かわかったら連絡するね」人形をイナちゃんに押し返した。
「そうなんですね。じゃあ、私達は別の場所を当たってみます」 「ああ、その前に。その子を源泉神社に連れて行きなさい。 倶利伽羅龍王の祈祷を受けると良いでしょう」 「クリカラ…リューオー」 イナちゃんが不思議そうに首をかしげる。倶利伽羅龍王とは、燃え盛る龍の姿の不動明王の化身。 よく不動明王像が持っている、剣に巻きついた炎の龍…あれの事だ。 源泉神社にかつてリナに知恵を与えた龍神様がいるのは知っていたが、それが倶利伽羅龍王だったというのは初耳だ。 私達は萩姫様に改めて一礼し、源泉神社へと向かった。
源泉神社はケヤキの森遊歩道というハイキングコースの先にある。 五百川の裏山にあるこの遊歩道で、森林浴によって心身と魂を清めながら神社に向かうんだ。 直線距離の長さも然ることながら、山の高低差のせいで、これが意外ときつい。 私は二人がついてきているか確認するために振り向くと、オリベちゃんが何だか訝しげな顔をしているのに気がついた。
<あのプリンセス、何か隠してる気がするわ。今はまだ、わからないけどね> 私の視線に気付いたオリベちゃんが言う。 実は私もそんな気がしていた。けど、長いハイキングコースを引き返す気にもなれず、 私達は予定通り神社へ向かう事にした。
◆◆◆
丘を下ったところにその神社はあった。 入口では小さな龍を象った蛇口から飲用可能の源泉が垂れ流されている。この龍が魂として独立したのが例の倶利伽羅龍王だろうか。 どうやら龍神様は留守のようだったので、先に社に挨拶に向かうと、私はふと違和感を覚えた。
「ヒトミちゃん?どしたの?」 「そういえば、ここ…稲荷神社だ」 「イナリ…スシ?」
「うんとね…。ここはオイナリ様っていう、作物の神様を祀る神社なの。 倶利伽羅龍王は仏様の化身だから、どうして神道の神様がいる神社に住んでるのかなって思って」 <それは宗教が違うって事?シュラインの中��神様に聞いてみればいいんじゃない?> 「それが…、ここのお稲荷様、霊魂として形成されていないんです。 社の中のご神体にこの地や神主様のエネルギーがこもっているけど、自我はお持ちじゃないみたいで…。 それも、ヘンですよね。どうして鳥居の外の龍神様だけ魂になってるんだろう」
すると、誰かが鳥居の外から私の疑問に答えた。 「ここはクリカラの数ある別荘の一つって事よ」 聞き覚えのある男性声に私は振り返った。いや、この声は、『彼女』のものだ…。
「リナ!」 いつの間にか、神社の入口に巨大な霊魂が立っていた。 私が中学生の時に生み出したタルパの宇宙人、リナだ。 リナはロングスカート状の下半身をフワリと浮かせ、社への階段を飛び登った。
「キャ!」驚いたイナちゃんが尻餅をつく。 「マッ失礼ね!人の顔見てキャ!だなんて」 「いやいや、初見は普通驚くでしょ。巨大宇宙人だよ?」 「それもそうね、ごめんあそばせ」 リナは乙女チックにくるんと回り、例の美男美女半々な人間の姿に変身した。
「この子はリナ、私が昔作ったタルパです。 リナ、彼女は韓国から来たイナちゃん、こっちの方はイスラエルのオリベちゃんだよ」 「あら、ワールドワイドで素敵なお友達じゃない。アンニョンハセヨ、シャローム! アタシは千貫森(せんがんもり)のフラットウッズモンスター。リナと呼んで頂戴。 一美がいつもお世話になってますわ」 <お会いできて光栄よ、ミス・リナ> 「初めまして、私はパク・イナだヨ!」 二人がリナと握手する。久しぶりに福島に帰省したとはいえ、日程的に彼女と再会できるとは思っていなかったから嬉しい。 宇宙人(を模した魂)であるリナは今、福島市でUFOの飛来地と噂される千貫森という森に住んでいるらしい。
「クリカラ…倶利伽羅龍王は、石川町(いしかわまち)で作られた紅水晶像の化身よ。 彫刻家が死んだときに本体の像と剥離して以来、福島中の温泉街のパワースポットに自分の守護結界を作ってフラフラ見回っているらしいわ。 要するに、根無し草のプー太郎ってやつね」 <あなた、神様をそんな風に言っていいの?> 「ああ…リナと龍神様は個人的な因縁が…」 「ちょっと待って」
ふいにリナが私を制止した。リナは表情をこわばらせて、イナちゃんの抱えるジャック君人形を見つめている。 「ねえ…アナタ、その人形を誰に貰ったの?」 「貰ったじゃないヨ、私達この人形のタルパ探すしてるなの。ジャックさんいいますこれのタルパ」イナちゃんが正直に答えた。 「これを作ったのがどんなオトコか、知ってるの?」 「エ…?」
嫌な予感がした。そういえば、オリベちゃんはまだ彼女に、ジャック君の創造者について一言も話していない。 たぶん…わざとだ。 「なによ。…まさかアナタ達、知っててこの子に黙ってるワケ!?」 <…時���を見て言おうとは思っていたわ。でも今はダメなの。だって、この子は…> 剣呑な雰囲気にイナちゃんが生唾を飲む。そんな彼女の不安感を感じ取ったのか、 神社の結界の外に良くないものが集まって来ているのを私は察知した。 私もすぐに全てを打ち明けるのには賛成しない。でも、
「今はダメですって?どういう神経してるの? 何も知らない子に…指名手配犯の連続殺人鬼が作った人形を持たせるなんて!」 リナはついに、パンドラの箱を開けてしまった。
「サツ…ジンキ…?」 イナちゃんが人形とリナを二度見する 「あ…あ…ヒッ!!!」イナちゃんはまるで今までゴキブリでも抱えていたかのように、人形をおぞましそうに地面に叩きつけた。 歪に組み立てられた金具がガシャンと大きな音をたて、どこかから外れたワッシャーが転がり落ちる。 同時に御神体に守られていた神社の結界にも綻びが生じたのか、 無数の霊魂や動物がイナちゃん目がけて吸い寄せられた!
「イナちゃん!すぐに社の中に入って…」私が言いかけた時には、イナちゃんは階段を駆け下りていた。 鳥居の外に出たらまずい!私とオリベちゃんは電撃的な反射神経で彼女を追う。
「アアアア!!オジマ!スリスリマスリ!!アイゴーーー!!!」 韓国語で叫びながら逃げ惑うイナちゃんの背後では、無数の魑魅魍魎が密集し、まるでイワシ群が集まって大きな魚に擬態するように巨大な影の塊になっていた。 <<ヒシャール・メァホール!>> オリベちゃんがテレパシーで吼える。 するうち魍魎群全体をブラックライト色の閃光が包みこみ、花火のように点滅して爆ぜた。サイコキネシスだ! 霊魂達はエクトプラズム粒子に分解霧散(成仏)し、生き物達は失神して地面にパタパタと落下。 でもすかさず四方から次の魍魎群が押し寄せる!
「ちょっと一美あんた、あんたっ一美!なんなのよアレは!?」 私達の後を追ってリナが飛来する。 「あの子は超引き寄せ体質なの!しかも精神面にすごく影響しちゃうの!!」 「じゃあどうしてあんな人形を…ああもうっ、どきなさい!」
リナは再び宇宙人の姿になり、長い枯れ枝のような腕で大気中に漂う先程のエクトプラズム粒子を雑に吸収すると、そのエネルギーを一瞬にして空飛ぶ円盤型の幻影に錬成した。 円盤は第二魍魎群の上空に飛翔し、スポットライト状の光で霊魂達をアブダクションする! 「生きてるヤツらは無理!頼んだわよ!」
「<上等!>」私とオリベちゃんが同時に返事する。 オリベちゃんが再びサイコキネシスを放とうとしている間に、私は自分の影が周囲の木々に重なるように位置取る。 歩道沿いに長く連なった木陰に自分の影響力が行き渡ると、木陰は周囲の光を押し出すように中空へ伸びていった。影移しという技法だ。 「イナちゃん止まって!」私の声でイナちゃんが振り返る。 彼女は自分の周りを光と影のメロン格子状ドーム結界が守っている事に気がついて立ち止まった。 生き物達がギリギリまでイナちゃんに近付いた瞬間、オリベちゃんのサイコキネシスが発動! 結界で守られたイナちゃん以外の全ての生き物はその場で体を痙攣させて落下した。
<ふう、間一髪ね…>オリベちゃんが安堵のため息をつこうとした、その時だった。 「ビビーーーッ!!!」 けたたましく鳴るクラクションの方向を見ると、そこには暴走する軽トラックが! イナちゃんの引き寄せが車まで呼びこんでしまったのか?いいや、違う。 不幸にもそのトラックのハンドルを握っていたのが、夢うつつの寝ぼけた高齢者だったのだ。 「うわ…きゃあああ!?」 咄嗟に車を避けようとしたイナちゃんは足を滑らせ、橋のたもとから五百川に落水してしまった!
「イナちゃぁぁーーん!!!」 溺れるイナちゃんに追い討ちをかけるように、川の内外から第三の魍魎群がにじり寄る。 「助け…ゲホッ!助けて!!」 まずい。水中の相手には影も脳波もUFOも届かない。 万事休すか!?と絶望しかけた、その時だった。
「俺に体を貸せ!」 突然、川下から成人男性ほどの大きさの白い魚がイナちゃん目がけて川を登ってきた。 いや、よく見ると���れは、半魚人めいた姿の霊魂…タルパのようだ。 「ひっ、来ないで!スリスリマスリ!」イナちゃんは怯えて半魚人を拒絶するが、 「うるせぇ!!死にたくねえならとっとと俺に任せろ、ガキ!!」半魚人は橋の上の私達にも伝わるほどの剣幕で彼女の肩を掴んだ! その時、溺死者と思しき作業服姿の幽霊がイナちゃんの足首に纏わりつく。「アヤッ!」 イナちゃんは意を決して、半魚人に憑依を許した。
ドシュッ!!途端にイナちゃんの体がカジキマグロのように高速推進し、周囲の魍魎群を弾き飛ばす! イナちゃんに取り憑いた半魚人は、着衣水泳とは思えないしなやかなイルカ泳ぎで魍魎や障害物を避けながら、冲に上がれるポイントを模索した。 しかし水から上がろうとする隙を魍魎に狙われていて、なかなか上陸できない。 「ああクソッタレ!なんなんだコイツらは!?」半魚人がイナちゃんの声で毒づく。 私達も追いつくのがやっとで、次の手を考えあぐねていた。 すると駅の方向から、一台の自転車が近づいてくる。 また誰かがイナちゃんに吸い寄せられたのかと思ったら、その人は…
「右へ泳げ!右の下水道に入るんだ!!!」
観光客用の電動レンタサイクルの前カゴに真っ白なポメラニアンを乗せて、五百川に向かって全力疾走する青年…平良鴨譲司さんは、 まるで最初からこの場にいたかのような超人的状況把握力をもって、半魚人に助言を叫んだ。 これが彼の脳力、空気組成や気圧の変化であらゆる情報を肺から認識する「ダウジング」だ!
「馬鹿か、何を根拠に言ってやがる!あんな所に入った��袋の鼠だぞ!?」 半魚人が潜水と浮上を繰り返しながら反論する。 「根拠やと?そんなもん…」肩で息をしながら譲司さんが答えた。「ダウザーとしての勘だ!俺を信じろ…ジャック!」
ジャック、と呼ばれたその半魚人は目を見開き、橋の上の青年を見上げた。 栗色の髪、アラブ人ハーフの彫りの深い顔。ジャック氏の脳裏で彼の幼馴染の面影が重なったのか、 彼はイナちゃんの身を翻して、川辺の横穴に潜っていった。
「こっちやオリベ、紅さん!」 私達が譲司さんに案内されて、上流から見て川の右側へ駆け寄ると、温泉街らしくない工業的な建物があった。 イナちゃんは建物下方に流れる下水道の横に倒れていて、ジャック氏が介抱している。 彼女らの周りにはもう、魑魅魍魎の類いは集っていなかった。 <そうか。ここは発電所で、すぐ近くに送電線がある。 イナちゃんのギャザリング力も、ここでは歪みが生じて遠くまで及ばなくなるのね> 「日本の電力施設の電磁波は、普通の携帯の電波やテレパシーには影響せんレベルやけどな。 引き寄せ体質とかのオーラ系は本来そこまで飛ばん力やから、ちょっと遮蔽物を作るだけで効果がめっちゃ変わるんよ」
話している間にジャック氏が再びイナちゃんに取り憑いて、鉄パイプはしごと柵をよじ登って私達に合流した。 「あぅ…わうわ?」譲司さんの自転車に乗ったポメラニアンのポメラー子(こ)ちゃんが、イナちゃんを見て不思議そうに鳴く。 譲司さんは愛犬の投げかけた質問を呼気で理解し、親しい友人の前でだけ話す地元弁で、 「ああ、この子気絶しとるかんな、ジャックが中に入って助けとったんや」と優しく答えた。
◆◆◆
民宿に戻った私達は、意識の戻ったイナちゃんの身体を温めるために温泉に入った。 まだ日没前の早い時間だったから、実質貸切風呂だ。 イナちゃんの服は幸い全部洗濯可能だったから、オリベちゃんからネットを借りて洗濯機にかけている。
私とオリベちゃんは黙々と身体を洗い、イナちゃんは既に湯船に座っている。 先に髪の毛の水滴を絞った私は、手首に巻いていたゴムバンドで適当に髪をまとめ、湯船に入った。 誰も一言も喋らず、重い沈黙が流れる。
「…スリスリマスリって、何?」痺れをきらした私がイナちゃんに尋ねた。 イナちゃんはキリスト教のお祈りみたいに組んだ両手を揉みながら、か細い声で答えた。 「意味ないヨ…言うと元気出ます。チチンプイプイ、アブダカタブラ」 「<えっ!!?>」 私とオリベちゃんが思わず彼女を見る。 あの魍魎群がイナちゃんに近寄れなくなるから余程神聖な力のこもった呪文だと思っていたけど、まさかこの子、気力だけで魍魎を拒絶し続けていたなんて。 私達が思っていたよりも、ずっと根性がある。
「ゴメンナサイ…」 膝を抱えたイナちゃんが弱々しく頭を下げた。 本人が衰弱しているからか、もう魍魎は寄ってこない。 ��リベちゃんは顔を背け、持ち込みのマイシャンプーを手のひらに溢れるほど出しながら<悪いのは私の方>と返した。
<着いてきて貰うだけでいい。 もしジャックがここにいるのなら、あなたを連れて行けば巡り会えると思った。 なにも殺人犯そのものを探すんじゃないし、大丈夫だろう…って。 あなた自身の体質の危険さに対する認識不足だったわ> オリベちゃんの長い癖毛が泡立ち、ラベンダーとシナモンを煮詰めたような存在感のある香りが湯船にまで漂ってくる。
「どうして、探した?」イナちゃんが問う。 「ジャックさんはオリベちゃんとジョージさんと友達、わかる。 でもジャックさん作った人ヒトゴロシ。しかも連続ヨ。 もし私の友達の親ヒトゴロシだったら、学校では遊ぶ。でも友達の家は行きない。 ううん、わかてる。私は臆病ですね…」 友達の家族が人殺しだったら…。無理もない、いや、当然の反応だ。 私はイナちゃんの白い肩にお湯をかけた。
「サミュエル・ミラーは、強いタルパを作るためにたくさんの生き物を殺してきたんだ。 生き物を殺して、魂を奪って、それを継ぎ接ぎしながら怪物を育ててたの。 神になりたいから、って動機だったらしくて」 <その通りよ。私やジョージも、かつてあの男の作った怪物に殺されかけた。 その戦いで、私は声を、ジョージは…一番の親友を失った> 「だったらなんで!?」イナちゃんが身を乗り出す。 「そこまでされて友達助ける、凄いヨ?偉いヨ。でも、ヘンだヨ! そんなの…」息継ぎもせずに思いの丈を吐き出して、イナちゃんは再び湯船にうずくまった。「そんなの、できないヨ…」
「そこまでされたから、だよ」 「え…?」 オリベちゃんは既にシャワーで泡を落としきっている。 でも膝の上で拳を握りしめて、肌寒い洗い場で私達に背を向けたまま動かなかった。
「…あ…!」 イナちゃんは閃いたようだ。オリベちゃんや譲司さんが、ジャック氏を見つけ出そうと覚悟した理由に。 サミュエル・ミラーはタルパを作るために生き物を殺す。つまり、 <そう。ジャックもあいつに殺された、元は人間だったのよ>
「そういう事情だったの。そうとは知らず、悪かったわ」 いつの間にか私の背後で、湯船の縁に人間姿のリナが座ってくつろいでいた。 「キャ!」イナちゃんが慌てて顔を手で覆う。 「あ、またキャッって言ったわね!」 「だ…だって!ここ女湯ヨ!!」 赤面しながらイナちゃんが指をずらし、ちらっとリナを見る。 でも、リナの首から下は完全に… 「…オモナッ?」 「ほんっと、失礼しちゃうわ」 「え…じゃあなんで、おヒゲ…え?」 だって、しょうがないじゃない。 中学の時に作ったんだから…知らなかったんだもん。男の人のがどうなってるのか。
◆◆◆
居間に戻ると譲司さんの姿はなかった。 庭の方からドライヤーの音がする。そういえばこの民宿は、庭園の池がペット用露天風呂になっているとか。 新幹線の長旅で疲れたポメちゃんを、譲司さんがお風呂に入れてあげていたんだろう。
窓際の広縁を見ると、ジャック氏���水の入った丸底フラスコのような形の物を咥えていた。 息を吐いているのか吸っているのかはわからないけど、フラスコ内の水が時々ゴポゴポと泡立ち、そこから伸びた金具の先端でエクトプラズム粒子が小さく明滅する。 霊力を吸うための喫煙具のような物なのだろう。
「ジャック・ラーセン」ジャック氏はこちらを一瞥もしないで語りだした。「…それが俺の本当の名だ」
生前、アメリカで移動販売のポップコーン屋台を経営していたジャック氏は、フロリダのある小さな農村を訪れた時、サミュエルの怪物と村人に襲撃されて命を落としたという。
「ん」ジャック氏はイナちゃんに目配せする。 イナちゃんが広縁に近づくと、ジャック氏は立ち上がり、二人羽織で袖を通すようにイナちゃんの腕にだけ取り憑いた。 「オモナ…」二度目だからイナちゃんはすんなり受け入れている。 ジャック氏は指差しでイナちゃんを誘導する。 みんなの荷物と共に固めて置かれていたあの人形の前にイナちゃんを座らせると、 ブチチチッ!雑に縫い合わされていたボロ布を躊躇なく引きちぎり、 中の奇妙な機械を剥き出しにした。
「こいつぁポップ・ガイっつってな…。ほら、背中のレバーを上げると口が開くだろ? ここから弾けたてのポップコーンが出るんだよ。元々は屋台そのものの一部だったんだ…」 ジャック氏は慣れた手つきでポップ・ガイ人形を操る。背中の小さなスイッチを爪で押すと、お腹のスピーカーから微かにノイズが流れた。 「ああ、ちゃんと電源も入るな。オリベ、マスクは?」 <もうないわよ。ジョージがサミュエルを撃った時に割れて壊れたわ。おかげでトドメをさし損ねた> 「そうか。…いや、あのマスクに小型マイクが付いててさ、 そいつを被って喋ると、そのスピーカーからボイスチェンジャーを通したおかしな声が出るんだよ。 単純なもんだが、小さいガキ共には好評だった。 ま、それだけの話なんだがな…」 ジャック氏はスイッチを切り、イナちゃんから自分の腕を引き抜こうとするが、 「…ん?どうした。こら、離せよ」
イナちゃんは力をこめて、ジャック氏の腕を自分の体内に留めた。 「…スリスリマスリ」 「あ?何だそりゃ?ほら抜けねえだろうが…」 イナちゃんは細い腕の中にジャック氏の太い腕を湛えたまま、ポップ・ガイ人形を抱きしめた。 「オンジン」 「あぁ??」
<あははは!ジャック、よっぽどイナちゃんに気に入られたようね!> 「おいおい勘弁してくれ、これじゃボングもろくに吸えやしねえ。 ほらガキ、とっとと離れろ」 「ヤダ、もうちょと。あと私イナだヨ、ガキじゃないもん」 「あぁー!?」 イナちゃんが駄々をこねる。高校生ぐらいの彼女は、時折どこか子供っぽい仕草を見せる。 お寺、教会、霊能者…色んな人を頼っても自分を救える人は現れず、彼女は今までずっと、おまじないの言葉だけを頼りにあんな恐ろしい物と孤独に戦い続けてきた。 そんなイナちゃんのピンチを��めて救った私達は、彼女にとって親にも匹敵するほど心強い仲間になったことだろう。
「ったく…しょうがねえな」 ジャック氏は彼女の腕を、ジュゴンのように柔らかく暖かそうな彼の胸板に抱き寄せた。 「…ジョージが戻ってくるまでだからな」
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Text
RW掛け合いまとめ
コピペが増えすぎたのでオリジナルを分離
ウルトラ自分向け
虚「もう私――こんなことになってまで、生きていられません」 エ「だ、大丈夫だって! 監査官も誰もいねえし、ここで起こったことは全部俺たちが揉みほぐしておくから…!」 厄「揉み潰す、な」 顎「『揉み消す』だバカタレども」
なぜか猫にモテる厄師丸VS顎多 厄「お悩みのようだね(うれしそう)」 顎「ねこ……」 厄「硝煙臭いのが駄目なんじゃない?」 顎「…………」 厄「待って本気で凹んだな?」
恐い夢~の奴で顎多が「風の強い雨の日」と言い出す回 顎「天候が荒れているときは風が読み辛くて……観的ミスが出るのが一番怖い」 厄「これそういう議題じゃなくない? 俺普通になんかヤベーバケモノに追っかけられるのとかだよ、なんかそういう議題でしょこれ」 顎「銃(コレ)が好きで仕事してんだよ、お前もそっちだろ」 厄「いや俺もザックリするのは好きだけど別に得物にそこまで思い入れは……」 顎「えっマジで?」 虚「ヒーローの会話じゃないですよこれ」
虚「ヒーローってなんか……もっとこう! 夢と希望と! 救いとかっこよさと! なんかそういうのじゃないんですか! そう……エイヂさんみたいな!」 エ「このR18カレーって死亡事故出てんの? 昼食ったんだけど」 厄「死んでねえよ、病院送り」 エ「じゃあセーフだな!」 虚「…………」
顎「カレー喰いたいな……爛崎、カレー喰いに行くか」 虚「えっ、喉大丈夫なんですか?」 厄「コイツの喉は酒焼けだよ! 顎多先輩俺も奢ってカレー!」 顎「割引券あるし奢るよ。だがそこの同期テメーはウンコでも喰ってろ」 厄「無情!」
エ「ウンコ味のカレーだってカレーの一種だッて!イケルイケル!」 厄「エイちゃん喋ると状況が胡乱になるからやめて」 虚「私あんまり辛いの得意じゃないんですけど大丈夫です?」 顎「バターカレーとかある……」 虚「おいしそう……」 厄「やだもー俺もウンコ喰いにいこ」 エ「マジで?」 厄「松屋」 エ「ウンコ…?」
エ「松屋ってウンコ置いてんの?」 厄「俺ぐらいになるとね……もう合成肉は全部ウンコだから」 虚「エイヂさん大丈夫ですか? なんていうか……洗脳されちゃったりしませんか?」 顎「三歩歩けば忘れるから問題ない」 エ「忘れねえよ!歩かないから!飛ぶから!」 虚「だめそう……」
"スプリーキラー"を知るヴィラン「顧客すら顧みない唯我独尊で名を知らしめた残忍極まりない不敵の陽動屋が、今やヒーローなどと稚児の使いじみた生活とは……引導を渡してやる、厄師丸……」 顎「今とあんま変わってなくないか?」 虚「そうですね」 厄「待って」
厄「俺さあ、めっちゃ心入れ替えたから! もうなんかこう、正義の心が目覚めまくってるからね! もう過去なんざ知らねえ、俺はヒーローなんだよッ! 来やがれ! 死ねッ! ブッ殺してやるッ! ズタズタにして東京湾に浮かべてやらァ!」 顎「入れ替わってなさそうだ」 虚「そうですね」
厄「ぬぁにが倫理委員会に通報するだァーッ!?テメーだってエフェクト使ってんじゃねーか!!!」 顎「緊急回避(ドッジ)は例外になってんだよ、んなことも知らねえでヒーローやってんのかコイツ」※まだリフレしか使ってない 厄「んだとこのクソアマァーーーッ!!!」 虚「歌いますよ…」
虚「顎多さん、こないだ喫茶店で飲んでたとき、厄師丸さんがすぐオーラぶわってなって死ぬほど邪魔だからやめてほしいって言ってましたよ」 厄「はぁー? あぎたんそんなに見てんの? 俺のこと大好きすぎじゃない?」 虚「超ポジティブ」 エ「あの人サテンでも酒キメてんのかよ、逆に酒以外飲んでるとこ見たことなくない?」 虚「いやー! スタバで珈琲頼むときに、『一番小さいので』って言うんですよ、なんかもうすごい可愛くて……」 厄「飼い慣らされてる……?」 エ「まず連れ出せんのがすげーよ、まさかうっちゃんがこんなコミュ強だったとは」
無線通信中 顎『東側に壁あるだろ』 厄「あるよー」 顎『ちょっとマイク寄せて叩いて』 厄「うーい(コンコン)」 顎『もうちょっと強く』 厄「ほーい(ドンドン)」 顎『うし断熱材だけだな、そこ動くなよ』 厄「うん?」 顎『見えてンだよ後ろのォーッ!』(壁をぶち抜いて徹甲弾が潜伏エネミーに突き刺さる)
虚「鍵かかってますね……」 顎「"マスターキー"の出番だな」(《零距離射撃》でノブを吹き飛ばす) 虚「超アグレッシブ解決」
パン屋 虚(トングをカチカチやる) 顎「やめろ」 虚「クロワッサン食べたいんですよ!」 顎「普通に取れ(取ってトレイに置く)」 虚「おとなしい……」 顎「……?」 虚「厄師丸さんがクロワッサンは危険なので威嚇してから取らないと刺されるって」 顎「なぜ信じた」
厄「メロンパンは装甲が固いぶん大人しいから安全だよ」 虚「なるほど!(メロンパンを取る)チョココロネはどうですか? 急所が剥き出しになっているように見えますが」 厄「コロネ系はヤバイ、具に釣られてうっかり手を出した奴を補食するから、視界の���からいかないと」 虚「なるほど! デンジャー!」
厄「ピザは既に切れ目入っててトドメ刺されてるやつは大丈夫、それ以外は飛ぶ」 虚「危険ですね! お食事パンは気分ではないのでやめておきます!(チョココロネの背後に回り込む)」 エ「なんだありゃ」 顎「有識者会議」
厄「うん? ああ、全部録音してるから。わかってるよね? コレ。うん、じゃあ、くれぐれもよろしく」
顎「えげつね」 厄「わかる~、アイツは交渉下手だね、俺を敵に回すと怖いよ~」 顎「そうか?」 厄「そうよお、どんな手を使ってでも……だよ」 顎「ほおん、俺なら?」 厄「う~~~ん…………お前んち爆破すんぞ」 顎「草」
虚「顎多さんがあほになってしまう夢を見て……」 顎「あほ」 虚「でもよく考えたらあんまり変わりませんでした!」 顎「煽りすげえな」 虚「これからも作戦中以外はだめ人間な顎多さんでいてください!」 顎「煽りすげえな」
虚「トリック! オア! トリート!」 厄「うわ、えげつない魔女きた」 虚「ふっふっふ! お菓子を持たぬものはRCですよ!」 顎「イタズラの範疇じゃねぇ」
厄「おっと? そういううっちゃんはお菓子持ってんの?」 虚「まだです! まだもらってないので!」 厄「ふうん……ということは、逆にこっちがトリックオアトリートすれば、即イタズラ成立ってワケだ?」 虚「何言ってるんですか!? 今日は子供がお菓子をもらう日ですよ! 四十路前のおじさんがしゃしゃり出ていいイベントじゃないんですよ! 年甲斐考えて貰えませんか?」 厄「ドドド辛辣」
虚「ギリギリ二十代の顎多さんならまだしも! そもそも仮装すらしてないくせに片腹痛いですね! 鼻で笑っちゃいます!」 厄「あぎたんも微妙にDISられてない?」 エ「最近うっちゃんも台詞に磨きがかかってきたな」 顎「室内飼いのオウムみたいな……」 エ「この面子のクソ語彙が感染ったっつう?」 顎「そうそれ」
虚「お菓子ー! お菓子を所望しますよ! ダメそうならイタズラです!」 厄「なんもないよ。RCじゃないイタズラにして」 虚「じゃあ今日一日、厄師丸さんのことは完全にシカトしますね」 厄「ひっっっど」 顎「あ、揚げ煎餅あるわ」 虚「やっふー!」 厄「そんなタイムリーにお菓子持ってることある?」 顎「つまみ」 エ「コイツ……」
虚「でも私、顎多さんにならイタズラされてもいいですよ!」 顎「は?」 エ「お、斜め上のやつ来た」 虚「顎多さんがどういうイタズラを思いつくのか、ちょっと興味ありませんか!?」 厄「やめときなよ、目つぶってって言われて喉にウイスキー瓶ごとブチ込まれるよ」 エ「生々しすぎる」 顎「懐かしいな」 エ「実際にあったのかよ!?!?」
顎「んじゃ……」歩み寄る 虚「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬん」壁際まで逃げる 厄「わかりやすい」 エ「わかりやすい」 顎「…………」壁際で止まる 虚「ぬんっ……」どきどき 顎「…………ばーん」指でっぽう 虚「…………!!! ……!!!!!!」
顎「悪い、なんも思いつかなかったわ」 厄「うわムカつくー、マジムカつくコイツ���」 虚「にゃあん……」 エ「うっちゃんが溶けた」 虚「撃ち抜かれました……これが、死……」 顎「リアルに撃ち抜いたことあるじゃねえか」 エ「あ~~~すぐヤバい話題に飛び火する~~~やめろ~~~~」
厄「うっちゃん、俺もやっていい? 俺も~」 虚「あのときのことはあんまり覚えてないのでほんと! てゆうか恥ずかしいので忘れてほしいっていうか……! 何度も言ってますけどお!」 厄「しまったもうシカトが始まってる」 顎「でけえ的だったわ」 厄「いやでもこれ無視されてるってことは逆説的に"何をしても見逃される"ってことじゃない? 違う?」 エ「ハート強いな」
虚「もう大丈夫ですから!」ふんす 顎「駄目ならまたやる、それだけだ。だろ?」 エ「やめてくれ~~~俺に振らないでくれ~~~~~」 厄「本人が大丈夫って言ってるなら大丈夫でしょ、ほ~ら大丈夫」揉む 虚(((歌唱))) 厄 >>>死<<< 顎「医務班」 エ「ったくもーまた運ぶの俺じゃんかよ、だりいなオイ身長20cm寄越せ」
厄「無視してないじゃん、詐欺くない?」 顎「おい、アンコールだってよ」 厄「加減しろクソが」
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エレウテリア 第三話
Conte エレウテリア Ghost and Insurance 第三話 「ヤッホーヤッホーナンマイダ」 サイレンはしばらく鳴り止まなかったが、エンジン音をそのままに急速に高音は鳴りを潜めた。 「………わっ」 保健委員さん→保健委員→ホケン、とスムーズに呼び名を骨と皮になるまで捌かれた彼女は窓外の光景に後ずさる。 「何か見えた?」 「見える……見えます……! あなたは晩年、トマト嫌いを克服する……ッ!」 「………それは良かった。斬新な占い方ね」 アンテナのデザインが何んなものだったか思い出せぬ程に永い時間「圏外」と表示し続ける液晶に依ると、今は国が国なら昼寝の時間だ。 多分「運命」とかの類の筈な、夜が明けたら向き合わないといけなくなりそうなもの達を、アタシはひょっとしたら寝飛ばしたのか……!? どこかで期待していた絶望を見逃したかも分からない後悔は、嵐の前の静けさを小学生の夏休みの倦怠に様変わりさせていた。 そんな時にパトランプである。まともに返って来ない質問の解は、自分で確かめることにした。窓からホケンを引き剥がす。 「……………………ケチャップだけは」 「はい?」 「アタシ、トマト嫌いなのね?」 「………はい、昨夜それは聞きましたけど。だから私イマ言ったんじゃないですか」 「でもケチャップだけは好きだったんだ」 「へえそれで?」 「………………ルックルック窓の外」 「何ですかその微妙に聞き覚えのある感じの勧め方。別に。私達が何か悪いことした訳じゃなし、パトカー位でそんなに怯えなくても。………というか、そうですよ。あのケーサツのヒトに訊けば私達、山下りられ……下りられ……………………レレレ、の、レ?」 Q.シエスタを日本に導入したソーリダイジンは誰でしょう? 赤色を胸にぶちまけ、飽き足らず血糊を噴水する仰臥位ポリスの姿をルックルックした窓の外。少女は見当外れなクイズに挑戦する。持ち時間はどうやら今にも尽きんとしていた。 「大丈夫です。………ははは。大丈夫…………ケチャップなら………あんな、あんなに……。サラサラは、してませんよ」 「然うだよね。はは、良かった良かった。嫌いになるところだ。あれは、ケチャップじゃなくて………」 足音。 「ケチャップじゃないなら……」 「はい。ケチャップじゃないなら、あれは……紛れもなく……」 鉄扉の開閉音。 「血じゃねーか!?」 「血ですよね!?」 手��剣の激痛に続きまして。 遥かな時を経て蘇生に成功しましたのは「ええじゃないか」の気狂い踊り。 「ウワー! ウワー! どーしよ殺人現場見ちゃったウワー! えっアッあれアノあれかな!? やっぱアノ記念日とかにしないとかな!? 殺人記念日!?」 「いやそれだと自分でしたことになっちゃいますよそれならアノひとごろし記念公園とかホラ!」 「イヤあれそのオマエ公園!? 公園は違うでしょだからアレアレアレ!」 「ア分かった能動態だから可けないんです受動態ならホラこう何というか!」 「然うか然うだね然うすれば可いのかならアレよ殺された記念日!」 「アア良いじゃないですかサラダ記念日ぽくて音的に!」 誰よりも動転す可き気をどこまでも落ち着けて一人の少年が入室する。黒表紙のリングノートをぶら下げ、今この時も何かを記していた。 「落ち着こうよオバサン達」 受けて、それは正に仁王像さながらの。 「誰がだレーシック受けて来い」 「息止められる限界超えてみたくはないか糞坊主」 警官殺しにも動じぬ彼の臓腑は1/4にまで縮み上がった。 「というか誰だキミは」 「な、なん、何だチ……何だ……チミはってか…………。……す……そうです、わだすが……………へ、へんな………何だろう、その………」 「恥ずかしいならやめて!? いたたまれなくなる! 見てるこっちの方が辛くなるから!」 「バッ! ……カヤロウ! 出来るし!! …………フゥー。…………………そうでふ! …………………………アナタ達は何も見なかった」 「………ウン! ウン大丈夫ウン! なぁ~んにもウン! も、ホント何にも見なかったし聞かなかったよアリガトウ!」 「……オバケ。何の感謝ですか。どういうアリガトウなんですか」 幽霊転校生→オバケ と安直に爆破解体された名前に彼女は既に慣れ切っていた。 「勇姿をさ………アノ、有史以来の、くくくくはっ! 有史以来の、勇姿を見せてもらって………っ! アリガトウっていうさ……!」 「分かった少し黙れ」 ラジオノイズが会話に挟まる。出どころはモノトーンの車中。無線の逼迫した声はがなり立て続けた。 「落ち着いて聞いて呉れる?」 「落ち着きないのはさっきからオバっ……オネーサン達だろ」 「返す言葉も無い……けど、真面目に答えて欲しいの。キミ……ここで何してるのかな?」 「何って、見ての通りだよ。…………………白々しい。アンタ何でそんな、まるで」 継ぎ足す言葉を隠したのは、活動写真のわざとらしさを感じる域に達したよろめきから嘲笑の言葉を滴り続けさせる少女。 「見ての通り……! 恥を……っ! 晒しておりますっ……! イヤ、おりまふ………ふっ! くくくほぅっ………!」 言葉よりも態度が有効と見て取り、座が白ける迄少年と少女は押し黙った。 「ハイ…………あの、出来心、ハイ…………。ア、何かアノ………………多分ちょっと珍しいモノ見た所為でハイすいませんでした」 木木のざわめきも相俟って酷く物悲しい空気に、笑いの壺は鮮やかに盗み出されてしまう。 手は美しい八の字を象り、背骨は完璧なアーチを表現した。この娘土下座に慣れている。 「…………………今の何?」 「え? ………何? 何って、何? え、え。ア…………そう、そうですか。“足りない”と。こんだけ反省の気持ちを見せてもまだ足りない訳ですか。へえ……。あのさ、そもそもよ。そもそもアタシそこ迄ワルいことしたかな? 思い出して。事の発端を思い出して。人類はビッグ・ブラザーとも呼ばれるモノリスによってだね……」 すかさず目を閉じるホケン。 オバケは「何てこと……! 今の今まで気付かなかったけれどアタシ、そんな視覚情報を遮断してもじっくり聴きたくなる程の美声だったのか知らん!?」との勘違いで貧血を起こしかける中、何か本能的な恐怖を喚び起こす音を聴いた。 少年は一心不乱にチョコレート色のシャープペンシルを紙の上に走らせる。「ア、そのシャーペンLOFTで見たことある」とオバケは思った。 「デスボ超うめえ!!!」 「………オバケっ……! オバケ、どうしたんですか……っ……!」 姿勢を低く保ったままホケンは低声で訊ねる。 「エ。……………アア、ハハッ。アレー? イヤ、うーん? おかしいな、そうだよねアタシ急に何……? どうかしちゃったかな? あのね、何かメッタクソ上級者な所謂“下水道ボイス”と言われる手のクソ重たいデスボが聴こえた気がMOTHERFFFFFFFFFFFUUUUUCCCCCKKKKKEEEEERRRRRRRRRR!!!!!!!!!!!!!!」 歯を剥き出してコルナサインを高々と掲げる内弁慶メタラー。 「…………アッそういうのちょっと本当に引く」 コンクリート打ちっぱなしの床をホケンはずりずりと座ったまま後退する。ある地点まで来ると、急激な眠気に襲われた。ふかふかの羽毛布団に包まれているかのような錯覚に、そういえばしばらく何も食べていなかったことを思い出し、疲労と空腹も極まると寧ろ幸福感を生むのだなあとの発見に至る。アア好い気持ち。 「………少年や」 「何っ…………!? ア、アア、あれ……! アレ、あれってアレだよねやっぱり!?」 「カームダーン。落ち着け。何だよポリスメン殺っちゃった癖に情けないな」 「死んだふり! 死んだふりしないと!」 走り出し、一度窓から外を眺める。何かに気付いた容子で脱け殻のようになってフラフラと部屋の中央にへたりこむと、天を仰ぎ何かを呟き始めた。聞くと「待っててくれ、俺もすぐ行く」等それっぽい白を続けさま並べている。ノートに挟んでいたペンを握りしめ、野性的に過ぎる観客を一瞥すると、大仰に振りかぶってミゾグチ映画の殺陣並に刺さって無いのが丸わかりな自決をした。 「………………オ、オオー……?」 開いた口を塞ぐ術をド忘れ��てオバケはつい拍手してしまう。日頃のライブ通いによって充分に訓練されたそれはホケンが凭れる人肌の温度のソファーに命を与えた。 穴持たず。 「年に一度、山に訪れる空前の冬眠ブームに乗っかるタイミングを逃して、いきり立っているミーハーくんのことね」 「要は冬眠しそびれて凶暴化してるヒグマか。了解」 視線を外さずにゆっくりとその場を離れる、という正しい対処法を教わった少年はオバケと共にへっぴり腰ムーンウォークに励む。 「へッ………。へい熊ッ……熊さ………熊さんッ……! 熊さんんッ……へい………っ………!」 目を合わせられずうつむきがちに話しかけるホケンの肩は小さく震えている。自分より幾倍も大きい野生児な彼の前で今にも死んでしまいそうにドキドキする様が何ともいじらしい。 「何となくそうなんじゃないかなぁイヤでもそんなことないよなァって騙し騙しやってきたけどやっぱアイツ…………!」 「分かるよ。馬鹿だね」 「うん……ッ! モウ………天才的!!」 穴持たずは身を起こし、三メートルはあろうかという巨驅全体が発声器官と化しているのかと思う程の怒号を放った。 「……………デスボっ…………! 超うめえ………」 「………でしょ」 互いに指を指し合うオバケと、もはや弟分。 “世の中は星に錨に闇に顔 馬鹿者のみが行列に立つ” (清沢洌 「暗黒日記」) 7月2日 今日から、このノートに記録を残すことにする。 最初は、数は、わからない。たぶん20人くらいだと思う。 あの人もきっと死んだ。何にも動かなかった。物理演算の間違ったモブみたいになっていた。 7月20日 前のはノーカンとして、これが記念すべき一人目。 「山小屋はどこですか?」だって。何の苦労もなく、結局来れたんだし、その一部にもなれたんだから、さぞ嬉しいだろう。笑えばいいのに、表情は何も変わらない。 7月21日 なんだあれ。どうして。どうなった。妹に変なアザが出来ていた。誰だ。あんなこと、ここの誰が出来るんだ。………誰もいない。あんなことする人、ここにはいない。 7月22日 意味が分からない。下手なSF作家なんて殺せ。 7月23日 どんどん酷くなる。もう顔を見ても誰だか分からない。 7月24日 誰か。あれは本当に俺の妹? 誰か、教えて。 7月25日 昨日、ここから逃げ出そうとしたやつが一人、射さつされた、て はなしだ。 夜、からだ中 あついかゆい。 胸のはれ物 かきむしたら 肉がくさり落ちやがた。 いったいおれ どうな て 7がつ26にち やと ねつ ひいた も とてもかゆい 今日 はらへったの、いぬ のエサ くう 7がつ27にち かゆい かゆい スコットーきた ひどいかおなんで ころし うまかっ です。 4 かゆい うま ��バケは黒表紙を動かない鉄製の馬の背に乗せた。 「………途中からコピペじゃん」 「やっぱ分かる?」 「あっ」 ホケンが怒りに任せて蹴飛ばしたレバーはメリー・ゴー・ラウンドを起動させる為のものだったようで、盗作疑惑濃厚なパンデミック・ホラーは見る見るうちに遠くなる。 「俺の“暗黒日記 ニ〇一六”が……っ!?」 「西暦付けてリメイク……黒表紙……内容から漂うバイオ臭………。もうオリジナルな部分探す方が大変だっつーの」 遊具は独立して居らず、総てが一つの根から分かれているような造りらしい。遅れて園内の、錆び、塗装が剥げた奉公者達は軋る身体を捩り始めた。 穴持たずは、まだ息のあった警官が意識を取り戻して騒ぎ出すと、標的を移した。皮膚に覆われぬ血液が放つ芳香に堪え兼ねたようだった。 恐る恐る部屋を飛び出すと驚いた。 廃病院だと思っていた建物は規模の巨大なお化け屋敷で。 何年振りだろう。 ここは、いつか学校を抜け出して「課外活動」にやって来た、あの遊園地だった。 次回 第四話 「Rosebud Heights」
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エレウテリア 第一話
Conte エレウテリア Ghost and Insurance 第一話 「今すぐ君をぶっとばせ」 しかし山だな。「深山幽谷」ってそこいら中に油性ペンでベッタベタ書いてあるみたいな"山"然とした山すぎてもうホント山。山が山な山の山を山した山で山っ山。まっさか、バスで寝過ごしたら日本昔ばなしに到着するとは思わないよっての。縦んば違うとしてもメルヘェンホラーだからね。どのみち人死にの出そうな大自然にオアツイ抱擁を受けちゃってるのは変わらなくってよアタシぃー。イタリア人じゃねんだからさー? 挨拶がてらのハグとか通報もんですぜ。そんなつつましやかにしておしとやかなくせにやかましい時ゃやかましいアチシはジャパニーズガーゥなので早いとこ放してくらはーい。コンクリートとアスファルトと汚れつちまつたあーでもないこーでもないが渦巻く愛無き世界へいざないたまへー。ビバラ排気ガスー。おんりぃしゃろぉー。 マイナスイオン満天の森を彷徨う少女は気力を使い果たした生気の無い目をしていた。マアそれは生来の特徴なのだがそれにしても丸1日歩き通しで障害物センサーを搭載したお掃除ロボットの、クオリティ高めな物真似をしている。そことて元からアルコール無くともALWAYS千鳥足。やる気の無い歩行は彼女の持ち味であった。 客観的な検討の結果、割とアタシまだ全然平気なのと違う? いつも通りやあらしまへん? という疑いが彼女の中に持ち上がる。 眼界は何処も彼処も深い緑。濡れ煎餅の枯れ葉の下で夥しい蠢動。控え目ながら強かに肺を支配していく水気の多い空気。午睡の重みが流れる平行線と暗転の景色。 自分でも今まで意識したことの無かった、秘されていた猟師の心が脳内で「獲物だ!肉だ!」と叫んだのを必死に打ち消す必要に迫られたので少女は前言撤回した。「アタシやっぱ結構疲れてるわ。……し、餓えてるわ」と設定し直す。等間隔に並ぶ樹木の隊列を乱す水際立った巨木の一本から意想外の遭遇者が、ひゅっ、と姿を見せたのである���その人物もまた、少女という形容が似つかわしい姿形をしていた。 可能性。 「幽霊」。偶然スカートのポケットに入っていた岩塩をヒットアンドアウェイ。除霊ならず。これはゼロ。 「刺客」。なんとなく靴下に入れといた手裏剣をスライアンドザファミリーストーン。刺さった。これもゼロ。 ってことはアタシと同じ「迷子」がパーセンテージ高めな感じかな。 江戸に絶滅し明治大正昭和を経て見事平成の世に甦った激痛にうずくまる女の子の肩を叩いて、アタシは声をかけようとした。 「ア、すいません!」 先を越された。白(せりふ)被ったから返事しそびれた。 「道に迷っちゃって! 山の下り方、知ってたりしませんか?」 何の、なのかは言わずもがなな張本人が言うのも何だけど、そこじゃなくね。今この時、声を大にして森じゅうに響き渡らせるべき議題それじゃないんじゃないの。背中に突き刺さった恐らく銃刀法違反を等閑はいかんぜよ。 てかさ。 山の下り方だと? そんなんアタシが知りたいのだが。 「んとね、分かれ道に出る度に左へ曲がり続けて。したら見えてくる悲しき石像の目線の先の地点で眠りの笛をお奏でなさい」 ……………………やっちまった……。 「悲しき石像ってお地蔵さまのことだったんですねッ!? それで目線の先の地点というのはここ、この廃病院で! 眠りの笛というのは疲れて寝落ちしたことによる盛大な鼾を指していたなんて………すごい! すごいすごい! ゴイスー! ギロッポンでチャンネーとシースーをターベールー! あなた、さてはヌシですか? この山を統べるヌシなんでしょ?」 ちげーよ。 なんて最早言い出せないのは口から出任せがことごとく現実と合致してしまったからだ。何はともあれ……特に傷害罪はともあれ、あれから私達は歩き出してみると旧東西ドイツの文化について会話はゴムボールの弾み方で、ピョンピョコピョンピョンと、いわく以外の物を見出だすには全身粉砕骨折待った無しな「あいんしゅてゅるつぇんでのいばうてん」に遭遇した。……オスタルギーなんてもう知らない! メイの馬鹿! パンはパンでも飛べない豚は焼豚! 両者の間には未だベルリンの壁が健在していた。ヴェスタルギー礼讚派の手裏剣使いは液晶からお辞儀するアンペルマンに心を射ぬかれながらもジブリ的、なぞなぞ的罵倒に臨むのである。試す肝が底冷えしていて彼女は火を求めていた。 「あの………うんそうそうその通りキサマヨクゾワガショータイヲミヌイタ。で、ヌシさま今かなーり寒くていらっしゃるんだけど、キミは寒くないの? ……あと」 あ。そうそう。 「あと結局キミは誰なの?」 明るいグレーのジップパーカーをその下にひっそり息づいていたブレザーもろとも二枚抜きした手裏剣の跡がチクチク罪悪感を水増ししてきて目を逸らしながらの質問は、安っぽいホラーの心臓発作導入法でつまり逸らした先で女の子はアタシの目線をナイスキャッチして自己紹介する。ファインプレー。んー。珍プレー好プレー寄りかも知らん。 「保険委員です!」 「あーなるほど保険委員ね! そうかそうか、じゃ居るよね~山ん中ひとりで彷徨うよね保険委員はァ~! 納得納得!」 唐突なロボットダンスでしょうか? いえ、オーヴァーな二度見です。 「無ェよ!!」 「何が……ア! ア、すいません、ア、アー! ア、まだ渡して無かった! アー私としたことが! 3年4組出席番号は下から数えても上から数えても大差無いことにおいては世界に名立たる優秀な保険委員ともあろうこの私が目標と難なく遭遇しておきながら未だ目的を達成していませんでした! かァーっ! 泣かせるねィ!」 フリスビーが思わず自らの存在意義について真面目な考察を始めそうなくらいには美しい弧を描いて、かつて幾つかの悲劇を演出したであろう病室を飛行したそれは所謂、俗に言う、今風な言葉だと、有り体に言えば、忌憚なく言わせてもらえるなら、てか単純明快「保険だより」だった。角がちょっと刺さって血が滲んだせいで、物々しさが校庭10周終えた感があり寧ろ何か出そうで何一つ出て来られなさそうな景色に馴染み過ぎている。小道具。美術さん頑張ったねありがとうってレベルに小道具。んでセットもパないんだから美術さん神ってるとしか言いようが無い。……アタシは何の話を誰相手にしているんだ。 「へい熊さん! そりゃ本当かい!? おうともよ! この耳でしかと聞いてきたんだ、間違いなんてえのはあるほうが間違いってもんだぜ! そうは言うがよ、おめぇその耳に付けてるのは一体何だい。おっこれかい? これはな……ありゃこいつぁ“いあほーん”てシロモンだ! たぁーっ! やっちまった! オイラの聞いた話ぁ“らぢお”の中のこったぁ! こっ! ここっ! こったぁ! たぁ! ……たぁ! へい! へいへい! くまっ、くっ! くっ熊さん! へい熊さんへい! へいっ! HEY YO! COME ON!」 そしてこの子に至っては何を誰に、とか以前にあの…………………どうしたの!? あのあのあの……えっと、えーっと。熊さん何聞いてきたんだろうっていうのと時代考証班もっと頑張れや。 うーん。 いやそもそもがタイミングよ。落語………エ……このタイミング? いまっ、今ってさ。あのね今って落語っちゃうタイミングだった? この子はどこにチャンスを見出だしたのか。今だ!って。落語るなら今だ!というチャンスをだね。2070年くらいまでにはこの謎解き明かされてれば良いなトゥーサウザンドフィフティーン。全米が半ベソ。全北欧が遠い目………やめた。これ、ちゃんとアタシ多分この子と向き合わないといけないやつ。クリエイティブな現実逃避は計画的にってCMでも言ってたし。どんなプロのミスやねん。アマチュアだそんなやつ。じぇじぇじぇ。JAJAJAJA!! アーッハハハ!! …………泣きたいぃー!!! つうか全然さぁ! 山下りるどころかさ! 廃墟見つけ出してんだアタシはァ! 天才かってんだ、くそぅ……くそぅ………。ソーニャちゃん奴ぇ………。くそぅ……くそぅ………。 「キルミーベイベー面白いですよね」 「…………おうともよ。どの辺から声になってた?」 「“抱きたいぃー!”」 「言ってねーし」 「“薪パニーック!”」 「なかなか割れないのかな」 「“吐きがちぃーっ!”」 「酔っ払い? 胃弱?」 「ひとつ良いことを教えてあげます」 「何? 菊地凛子離婚した? やったこれであのロリ声三十代はアタシのモノ」 「涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない」 「キサマ趣味が合うな……!?」 月光下騎士団は、夜の廃れた病院施設に座り込む二人の少女という映像にも映え、あべこべに食らい尽くさんとする様はまるでウェイパー。雑菌の交換行為として悪名高いイヤホンを片耳ずつ分け合う聴き方すら、触れることを躊躇わせる美味しさで包んだ。 「Who’s gonna die first?」 「Who’s gonna die first?」 言っちゃった感というものは塗り潰しなら早いに越したことはない。早ければ早いほど泥沼に陥ることが出来るのだ。 「オイ! オッ、やめろよそーゆー、ねぇ? 縁起でも無いっつかさ……」 「いや今ハモったでしょ? 私達バンドメンバーなら良かったのにって位息ピッタリに歌っちゃったじゃないですか」 「えー? えー何アタシ知らないそんなのー。えー。えー歌ったとか何それアタシただ聴いてただけだしぃ? 誰か別の人じゃない?」 「別ッ………。……ウソ」 「あっ」 これぞ泥沼である。 「夜の廃病院で……。別の……別の、ヒト」 「あっ! いやその!」 「私達以外の、別の…………」 「あのね! 何というかね! 勢いというか!」 「私達以外の……。ヒト……以外の…………!」 「オイオイオイやめて怖いやめて怖い」 「キャアアアアアア!!!」 「キャアアアアアア!!! ………アアア、やめてってば! 歌ったよアタシは歌いました! …………もうハリウッド行けよキミ……もうホラースターだよ」 「ホラースター?」 「分かんないよ……。アタシもう向こう30分間位は何にも分かられる自信が無いよ」 30分後。 「アタシには世界の全てが見えている」 「立ち直り方が極端」 都市ガスのタンク。熱を持った充電器。賞味期限が半年先のコーヒー。糊の効いたシャツ。発売してから日の浅い漫画本。 暖を取る道具探しがてらの30分間に亘る傷心旅行による戦利品達は、口を揃え、低声でこう囁いていた。 “檀那、此処やっぱり誰か居ます��” 「へい……熊さんへい………」 「YO………どうしたブラザー………」 「あの、熊さんさ………。やっぱり如何考えて、何処迄も希望的に観測したって。……熊さん。此処さァ」 「“熊さん”呼びが定着してしまいそうだからそろそろ言うよ。……個人情報はギリギリまで成る丈け守りたかったけどしゃーない。アタシの名前は……」 「知ってますよ」 「ぬくもり狩り強行軍」の締めくくりを飾った、火が点いたままの赤マルを、あの子はその時、恰好附けようとしてくわえた。そして息を止めた。目が段段泣きそうになって、それから間もなくの大音響を超える噎せ方をアタシは今でも知らずにいる。 「幽霊転校生!!!」 咳をしいしい、あまりにも正確に的を射抜いたその形容の狡さがきっと、出口だったんだ。 変な自殺がしたかった。 二十七歳は、近いようで遠い。そんな雲みたいな、太陽みたいな月みたいな追いかける程に附いてくる未来は待てないし、たぶんアタシはロックスターではなかったし。じゃあ、でも、あんまし普通の死に方も、他人様に迷惑の掛かる死に方もしたくなかった。昔、よく授業中に話が脱線する先生が、不意に言った「鉄道自殺だとダイヤが乱れて迷惑した客全員の億単位の乗車賃を遺族が支払わされる」という話を聞いてからは、それまで可成上位にあった手段は固く封じられた。 死にたい理由なんて大したことじゃなかったと思うけれど。 ……で、その頃のアタシが熟慮の末に思い泛んだ手段は「��ーディション」だった。 次回 第二話 「歩いて、車で、スプートニクで」
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