Tumgik
#形影相弔・歪んだ忌日
findareading · 1 year
Text
貫多は、また読みさしの笹沢左保を開き、〝木枯し紋次郎〟の世界に没入すべく、合成酒にチビチビと口をつけてゆく。
— 西村賢太著「跼蹐の門」(『形影相弔・歪んだ忌日』2016年6月Kindle版、新潮文庫)
6 notes · View notes
kachoushi · 2 years
Text
各地句会報
花鳥誌 令和4年12月号
Tumblr media
坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
………………………………………………………………
令和4年9月1日 うづら三日の月句会 坊城俊樹選 特選句
散歩する頭上に置きし蟬時雨 喜代子 初老なる夫婦八人墓参り 同 名月やうるはしき夜はゆつたりと さとみ 新涼やメダルの如き耳飾り 都 月白し八十路女の薄化粧 同 漁火や月より遠き船の道 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月5日 花鳥さゞれ会 坊城俊樹選 特選句
蝸牛進退ここに尽きたるか 雪 静もれる故山はみだす虫の声 かづを 鬼ヤンマ唯我独尊そのままに 数幸 虫の音や今日の命のつきるまで 雪子 彼岸花蕊の情念撓めけり 笑 秋の蝶縺れて解けてまた縺れ 希 倶利伽羅の谷底埋めし曼珠沙華 千代子 山門の落慶法要赤のまま 天空 山門の檜の香り曼珠沙華 々
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月7日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
縁台が身の置き所盆の月 宇太郎 去ぬ燕神の杜へと集まり来 和子 秋時雨幽かに日射す山の裾 益恵 雨上がるぽつてり重き鶏頭花 都 つみれ汁どんな魚かと盆の客 すみ子 蹌踉けくる秋の蚊を打つ掌 悦子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月7日 立待花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
九頭竜に手波で送る万灯会 世詩明 大根を種蒔くごとく踊りの輪 同 近松の碑黒き露葎 ただし 花鳥誌を拾ひ読みする柏翠忌 同 胸を開け峠を行くや青葉風 輝一 秋深し山粧ふや手をかざす 同 針山に待ち針錆びてゐる残暑 清女 今朝の秋きりりと髪を結ひ上げて 同 抱かれし赤子も一人墓参り 蓑輪洋子 空蟬の銅色をいとほしむ 同 ふるさとの火祭を恋ふ孟蘭盆会 同 犬引いて犬に引かれる青田道 秋子 陶の里古き甕墓秋陽濃し やす香 秋草に隠る甕二つ三つ 同 通り過ぐ風のささやき大花野 誠 団栗の十津川淵へ落つる音 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月10日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
多摩川の風の広さやねこじやらし 美枝子 待宵の月にかかりし雲動く 和代 太刀魚の尾まで隈なく光伸び 秋尚 香を辿り見上げる空に葛の花 教子 一叢の露草の青向き向きに 多美女 一山を覆ひ尽して葛咲けり 三無 手際よく太刀魚捌く島の嫁 多美女 露草の儚く萎える句碑の午後 三無
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月12日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
暫晴間急ぎ稲刈り火蓋切る さよ子 陽が沈み無人駅舎に秋津飛ぶ 世詩明 お十夜の庭石ことに湿りをり さよ子 芋虫も愁ひの時のあるらしき 上嶋昭子 黒数珠や梅の家紋の墓参り ただし 一人暮しと見られたくなし秋すだれ ミチ子 人住まぬ屋根にも月は影落とし 英美子 銀河濃し鬼籍の人を懐かしむ みす枝 虫を聞く闇に心を近づけて 信子 細くなる髪を眺めてゐる秋思 中山昭子 洗ひ髪口に咥へて甘えけり 世詩明 朝霧の緞帳音なく上りゆく 時江 父は父私は私鳳仙花 三四郎
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月12日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
名月や巻雲淡く細くあり 和魚 一晩の伽となりゆくちちろかな 聰 木道の空何処までも秋の雲 秋尚 こほろぎの屋敷稲荷に住みついて 怜 草むらを抜け露草の楚楚として 秋尚 湯煙もやがて紛れて秋の雲 怜 さつきまで庫裏に人居りちちろ虫 あき子 つゆ草を残し置くなり墓掃除 エイ子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月13日 さくら花鳥句会 岡田順子選 特選句
かなかなや夢二の絵にも黒い猫 令子 植物園はるかな道に桔􄼷咲く 裕子 蜩や一里を登る尼の寺 登美子 柏翠忌師の口癖よ「しようがないや」 令子 学校のこと話す道鰯雲 裕子 師弟なる五灰子生きろ柏翠忌 令子 青い目のバックパッカー秋澄めり 登美子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月13日 萩花鳥会
大相撲元気を貰ふ秋場所に 祐子 たつぷりと生かされ米寿の彼岸花 健雄 宝石か朝露庭の曼殊沙華 恒雄 爽やかさ簞笥から出たシャツズボン 俊文 秋の灯や沁沁友と語り合ひ ゆかり 文書けば秋蝶ゆるやか折りかへし 陽子 爽やかや一分音読はじめたり 美恵子
………………………………………………………………
令和4年9月16日 伊藤柏翠忌俳句記念館 坊城俊樹選 特選句
飛べば憂し飛ばねば淋し火取虫 雪 地に落ちし火蛾の七転八倒す 同 裸火搦め取られし火取虫 同 炎帝に万物黙す他は無し 同 忘れずに約束のごと曼珠沙華 みす枝 兜虫見つけ揚揚子の戻る 同 紺碧の空に小さく燕去る 同 剝落の蔵を背にさるすべり 上嶋昭子 砂時計くびれ見てゐる庭の秋 同 甕墓に離れ離れに彼岸婆 ただし 曼珠沙華淋しき風の甕の墓 同 甕墓の底の暗さや盆の月 同 浅間山焼りは雪の峰となる 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月16日 さきたま花鳥句会
人待ちの小半酒や秋しぐれ 月惑 銀漢をよぎる宇宙観測船 一馬 新都心ビルの凹みに秋入日 八草 秋暁や路地に酵母の甘き湯気 裕章 四方に散り芒に沈むかくれんぼ とし江 歳時記の手摺れのあとや秋灯火 ふじ穂 綾なして咲き継ぐ窓や牽牛花 ふゆ子 朝顔をからませ町家昼灯す 康子 草むらの道なき土手にカンナ燃ゆ 恵美子 白粉花咲きて従妹の嫁入日 静子 居酒屋に恩師と出会ふ良夜かな 良江 鶏頭の赤さを増して咲き揃ふ 彩香
………………………………………………………………
令和4年9月18日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
地虫鳴く甲深き靴はく朝 久子 白樫の森黒々と台風来 眞理子 雨粒を玉と飾れば花野かな 眞理子 昼の虫静かに聴きぬ濡れ鴉 久子 一面に火群立ちたる曼珠沙華 幸風
栗林圭魚選 特選句
白樫の森黒々と台風来 眞理子 かまつかや燃えあがらんと翳深く 千種 四阿に鴉と宿る秋の雨 斉 登高をためらふ今日の風雨かな 真理子 団栗の袴はづれて光りけり 久子 開門の前のしづけさ萩しだる 千種 秋出水さわは飛石を隠すまで 眞理子 群れも良し一茎もまた曼珠沙華 三無
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月21日 福井花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
江戸生れ浅草育ち柏翠忌 世詩明 柏翠忌三国に残る墓一つ 同 柏翠師みなし児にして月仰ぐ 同 虫時雨して父恋し母恋し 同 ちらり見ゆ女の素顔柏翠忌 令子 河口から虹屋へつづく月の道 笑子 柏翠忌城下にのこる里神楽 同 月窓寺ふたつの墓碑に星月夜 同 草相撲では一寸鳴らしたる漢 雪
(順不同特選��のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月21日 鯖江花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
水鶏笛一人夜更に吹く女 雪 男有り愛子の墓の草を引く 同 虫すだく九頭竜に闇引寄せて かづを 大花火人なき家を照らしけり たけし 弔句書く筆の悲しさ蚯蚓鳴く みす枝 夕月を崩してをりぬ池の鯉 同 過疎の村今は花野の風の中 英美子 日焼して盗人冠りの農婦かな 千代子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月25日 月例会 坊城俊樹選 特選句
どの窓も歪むことなき秋の空 和子 銀杏の匂ひ拭へと下乗札 順子 なめらかに吹かれ秋蝶それつきり 和子 風うねる度敗荷になりかけて 小鳥 手庇の薄きに秋の蝶が消え 和子 碑のうしろ一切曼珠沙華 同 昼はまだ黄泉へ遠しと法師蟬 順子 人々は秋日に溶けて印象派 小鳥 竜淵に潜み国葬待てる森 はるか
岡田順子選 特選句
冷やかや手渡されたる阿弥陀籤 ゆう子 石橋を掃く庭番や柳散る 眞理子 落葉のみ掻き寄する音陰陰と 要 秋蟬の大音声の骸なり 俊樹 落蟬の眼とはなほ瑠璃なりし 同 香具師の声ありし境内昼の虫 要 地に転ぶまま靖国の銀杏の実 昌文 眼裏に黒き温みや秋日濃し 小鳥 金風を乗せ大仏を真似たる手 光子 秋天へ金の擬宝珠の衒ひなく 要
栗林圭魚選 特選句
石橋を渡る人影水澄めり て津子 銀杏の匂ひ拭へと下乗札 順子 お守りの小さき鈴の音野分晴 美奈子 桜紅葉いよいよ昏き能舞台 佑天 碑のうしろ一切曼珠沙華 和子 雅楽部の復習ひ音零す宮の秋 順子 敗れ蓮と成り切るまでを濠の風 はるか
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年9月 九州花鳥会 坊城俊樹選 特選句
天高しバベルの塔は小指ほど 古賀睦子 うす衣の雲の行方よ女郎花 由紀子 夕映えて剥落のなき鱗雲 美穂 露の身を映す鏡架のくもりぐせ かおり 蚯蚓鳴く誰もゐぬ時計屋の時計 ひとみ 大漁旗鰯の山のてつぺんに 喜和 揚花火空に遊びて降りて���ず 朝子 眠られぬままに秋思のままにをり 光子 夏彦の怪談と行く秋の夜 桂 城門の乳鋲は無言盆の月 朝子 あの夏の天地の焔壕暗く 朝子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月11日 立待花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
したたかに顔を打つなり化粧水 世詩明 天平の庭白牡丹眩しけり 同 み仏のなんじやもんじや風光る ただし 羅や大方に父似一寸母似 清女 桜満開の軍旗祭りや七十五年 輝一 聞き役も時にははづしつつじ見る 蓑輪洋子 丈六の金の観音寺の春 やす香 海原に風の道あり波の綺羅 同 馬酔木咲く近くて遠き明治の世 誠
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
立待花鳥俳句会 令和4年6月1日 坊城俊樹選 特選句
鯉幟風の階段ありにけり 世詩明 老夫婦夏痩せの身の重かりし 同 美しき日傘の人の振り向かず 同 相寄りて源氏蛍の河和田川 ただし 葉桜や茶筅に残る薄みどり 同 老いの肘掬ふや目髙五匹まで 輝一 鮎置いて門を去り行く釣り師かな 誠 村の子の手足を洗ふ清水かな 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
立待花鳥俳句会 令和4年7月6日 坊城俊樹選 特選句
手花火や素足に女下駄を履く 世詩明 一筋の水を落して滝白し 同 釈迦仏渡と共に祭らる六地蔵 ただし この奥に東光寺あり地蔵盆 同 軋みかと思へば虫や秋の風 輝一 何となく筆持ちたき夜天の川 清女 明易やドラマの様な夢を見て 同 眉と目に力あふるる大日焼 蓑輪洋子 勤行の夫の後行く夕立風 同 落雷に神木青く光りけり 誠 図書館の茂りの中の大欅 同 猿田彦夏越し祓ひ輪をくぐる 信義
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
立待花鳥俳句会 令和4年8月3日 坊城俊樹選 特選句
枯れた字を書くと言はれし生身魂 世詩明 三國山車祭に見合ふ辻屋台 同 飛ばされてゆく星もある天の川 同 古里へ立つ汽車減りし盆の月 ただし 子供達木魚を打てり地蔵盆 同 山寺や老鶯の声心洗はる 輝一 川泳ぐ蛇とかけつこ下校の子 同 兵一人炎天の中帰り来ぬ 誠 家々の火影の中を花火船 同 ぺちやんこの胸の谷間を流る汗 清女 太公望さつぱりですと日焼顔 同 蓮池に生まれて蓮葉に寝る蛙 やす香
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
0 notes
buriedbornes · 6 years
Text
第22話 『水と油の漂泊者《バガボンド》(2) - 金のため』 Opposite vagabonds chapter 2 - “For money”
Tumblr media
君主制都市国家が乱立した崩壊前において、税理士はどの国でも見られた一般的な職業であった。
大衆に限らず学問を履修できなかった多くの市民は数字計算に疎く、またそのために納税額を誤魔化す者は後を絶たなかった。
数学と対人交渉に秀でた税理士は、税務を取り仕切り健全な国家財政を担保する正当な要職で、その権限は最大のものになると政務を携わる大臣に匹敵した。
しかし、税金とは、統制・管理された大規模な社会においてのみ成立する高度なシステムである。
国家が崩壊した今、限られた小規模のコミュニティには、税の概念そのものが存在しない。
当時は羨望と畏怖の対象となったその技術と才能は、力が支配した世界になった今、その価値を持たなくなった。
或いはその立場によっては、かつての徴税に対する不当な反感が、生き延びた税理士達に向けられるような事も、あったかもしれない。
Tumblr media
灰色のどんよりとした空が、二人の男を見下ろしている。
白髪を垂らした老人は、懐からキセルを取り出すと、遠くを見やりながらそれを吹かし始めた。
「ジョセフとやら… お前さん、あそこで何をしていた?」
剣を携えた青年は、胸を張って答えた。
「育ての親が、この街にいた。私が修練のために離れているうちに、ここも滅びてしまった…」
キセルを持つ手が止まり、顔をジョセフへ向ける。
しかし、彼の顔は曇ってはいなかった。
すでに振り切ったのか、最初から覚悟していたのか。
ゴードンは何かを逡巡し、再び顔を背けてキセルをくわえる。
「…まだ見つかってないのか?親御さんの亡骸は」
「いや… 覚悟はしていた。きっともう生きてはいまい、と。ただ、せめて集落の人々を弔おうと」
「…そこで俺らと、あの忌々しい昆虫どもに出くわしたわけか」
思い返すだけでも怖気が走る、あのキリキリと不快な羽音を立てて忍び寄る虫どもは、一体なんだ?
話に聞く、疫病を撒き散らす害虫としても、まさかそれ自体が人を襲い喰らうとは。
「最近、爆発的に数を増やしているらしい。あちこちで退治したが、むしろ増える一方だ」
「そりゃあ良い事を聞いちまったな」
ゴードンは皮肉を言うが、ジョセフは笑っている。
「アンタもこの街から、いや、あの湿地帯から離れた方が良い。」
「あの… ウォルトランド湿原の事か?」
「名前は知らないが… 疫病の蔓延、動植物の異常な肥大化、そのすべての元凶が、あの湿地帯のどこかにあるとか、ないとか」
「ずいぶんと曖昧だな」
「全くだ。魔術師の言う事は、俺にもようわからん。ただ、そうに違いないという事だけはわかるそうだ」
知人がいるのだろうか。
ゴードンにも全く魔術の心得がないわけではない。
間接的な調査方法となる魔法も、いくらでもあるだろう。
「そういうお前さんはどうするんだい、死者を弔うためだけに、あの虫相手にまたちゃんばらでもしてくる気か」
「…形見の指輪がある。私を置いていった実母らしき女が、赤子だった私と一緒にカゴに入れていたものだ。おそらくはまだ、義母の手の中だ。絶対に取り戻したい」
指輪。
商人であれ盗人であれ目利きであれ、物を扱う者には、特有の物に対する鋭さを持つと言う。
ゴードンの脳内で、何かがつながる音がした。
収奪品を収めた袋を腰から降ろし、袋をまさぐって、その中からひとつの瓶を取り出す。
その中には、鈍い煌めきを内に秘めた小さな宝石があしらわれた、他に飾りのない質素な指輪が入っている。
「…!」
ジョセフが立ち上がり瓶を持った手に掴みかかりかけて、そこで手を止め、腰を下ろし直す。
ビンゴ。
だが…
「それを、譲ってもらえませんか」
強い衝動を抑えて、静かな調子で呟く。
言葉を選ぶか。
素直に渡すか。
拒んだら、どうなる?
怪物を蹴散らすほどの怪物相手に、断れるか?
しかし、これは戦利品だ。
くださいと言われて、はいわかりましたで誰かに与えてしまっていては、この仕事は成り立たない。
今日ここでそれを許す事は、明日以降のすべてで、それを許していく事になる。
それは、今この場で縊り殺されるか、日を重ねて少しずつ殺されるかの違いでしかない。
「譲れぬ」
様々な意味が含まれていた事を、ジョセフが理解できたかどうかは定かではない。
固くこわばった表情に、さらに皺が増えるのを見た。
一触即発と思われた。
だが一方でゴードンには、打算的な閃きが生まれていた。
「100枚だ。値切りはなしだ。それで手を打とう」
相手によっては、最悪手である。
こちらは棒きれ一つ、無防備とそう大差ない。
一瞬で首の骨をへし折られて、残りの戦利品と共に奪われても何もおかしくはない。
だが、ゴードンは、それまでに垣間見ていたジョセフの真摯さを信じ、賭けに出た。
「…わかった、払おう」
「奪わないのか?お前さんの実力なら、こんな老人一捻りだろう」
敢えて煽る。
「わかっていて聞いているだろう、俺がそんな事を望んでする人間ではないと」
ジョセフは苦笑した。
ゴードンは賭けに勝った。
表面上は平静を装ったまま会話を続けていたが、内心では安堵のため息をつく思いだった。
そうとも知らず、ジョセフは一層砕けた様子でゴードンに語りかける。
「払いは少し待って欲しいんだ」
「何だ、前払いは受け付けんぞ」
「いや、そうは時間はかからん。ちょうど仕事を請けるところなんだ、その前金から出そう」
「出るものが出るなら、こちらは構わん。依頼人の場所まで、同行しても?」
「あぁ。そいつは死体漁りにも寛容だ」
ジョセフはニコリと笑ったが、ゴードンは真顔だった。
Tumblr media
廃墟からやや離れ、広大な沼地の凹凸した岩場の影に、木の枝と布切れで作ったテントが集まった、小さな集落を見出した。
日の当たらぬそこは、湿気と臭気に晒されはするものの、外部からの発見を妨げる隠れ家としての機能は優秀な部類であった。
ゴードンは、ジョセフの手を借りながら階段状に切り抜かれた崖を降りていく。
「すまんな… 手間を掛けて」
「指輪のためだ。アンタも金のためだろう?気にするな」
本当に指輪のためだけなら、こんな事せずに済むやり方はいくらでもあるだろうに。
ゴードンは、心の中でそう呟いた。
崖を降りきると、岩に腰掛けていた一人の女性がこちらに気づき立ち上がり、歩み寄ってくる。
「依頼人か?」
「いや、協力者だ」
女性は無言のままつかつかと歩み寄ると杖でジョセフの胸部を小突いて毒づき始めた。
「遅い!もう少し時間を守るって事を意識したらどう?」
「虫が出たんだ、仕方ないだろ…」
「そっちは誰?」
女性の顔がジョセフの肩越しに覗き込む。
特徴的な、尖った耳と、白い肌。
エルフも、かつては珍しいものではなかった。
だが、今こうして社会が分断された状況においては、出会う事も稀になっていた。
「ゴードンさんだ、死体漁りの。母の指輪を見つけてくれた」
「死体漁りィ?」
女性の顔が引きつる。
「おい、ビアンカ、お前もちゃんと名乗れ」
「なんで?私が?ゴミ漁り相手に?冗談でしょう??私の半径5メートル以内にその爺を入れないでよね、匂いが移るから」
…かつての社会において、エルフのこの高慢な態度も、決して珍しいものではなかった。
「お、おい… すまないゴードンさん、アイツホントはそんな悪い奴じゃないから…」
「気にしていない、蔑みを受けるのは日常だ」
むしろ、一人の人間として丁重に扱うゴードンの方が、現代においては異常だ。
Tumblr media
「いやしかし、我々からしたら、さらわれた人達に出すお金なんです。帰って来てもいないのに、前金で半額、はちと多いと言いますか…」
「ですから、準備にも金は要るわけで…」
一向に進まない会話。
ジョセフの懸命の説得にも、耳を貸そうとしない。
恰幅の良い依頼人の男は、出会い頭の愛想こそ悪くはなかったが、利己的なその内面が透けて見えた。
隣のテントで待たされるゴードンとビアンカは、気まずそうに互いに別の方を向いて座っている。
「長引くねぇ」
「……」
「…お嬢さん、アンタも加勢して話をまとめて来てはどうだね」
「言っとくけど、私300歳超えてるから」
「人間はね、女性は見た目よりも若いものとして扱ってあげるもんなんだよ」
「…ああいう話、嫌いなの。いつもジョセフの仕事。アイツも、得意じゃないみたいだけど」
ビアンカはそっぽを向く。
ゴードンは大きくため息をつき、立ち上がると、話し合いの場である大きなテントに身を入れて言った。
「ジョセフ!帰ろうぜ。ここで仕事しても割に合わねぇ」
「!?」
依頼人とジョセフが、驚いたように同時に振り向く。
より一層驚いたのはジョセフだ。
「な、急に何言ってんだ、ここでの前金で…」
「こういう業突く張りは死ぬまで変わらん、どうせ後金もごねるぜ」
「なに…?!」
依頼人の顔が、表情そのままに赤らむ。
ゴードンは続ける。
「誘拐された人達の事を思えば、全額前金出したって安いもんだっての。どうせこいつの考えている事は、村人相手の面子だけだぜ」
「ぶ、ぶ、侮辱する気か」
「ゴードン!」
「良いんだよジョセフ、ここでの仕事はなしにして、もっとでかい集落に行こうぜ。この集落に、全額払えるだけの金はない」
「なに?」
ジョセフが訝り、顔をしかめる。
「外を見たか?居住用と、栽培用のテントだけだ。交易用のスペースすら設けられていない。この集落は、外との交易をしていない。そんなトコにある金なんて、崩壊前に残されたへそくり程度だ」
ジョセフは黙って聞いていたが、依頼人の表情に明らかな焦りが見え始める。
「ほっとけほっとけ。どうせ他の冒険者が代わりにやってくれる仕事だ。こんな厳重に隠された集落に足を運ぶ物好きが、ジョセフ以外にいればだけど」
「わかった!前金を払う!」
依頼人が吼えた。
ジョセフはまるで曲芸でも見せられたかのように目を丸くして、依頼人とゴードンを交互に見やる。
「全額前金。でなければ仕事はなしだ」
「…わ、わかった。私の、蓄えがある…」
そう言って、依頼人は悔しそうに歯ぎしりしながら、腰掛けていた椅子の下から薄っぺらいカバンを引き出し、その中に入った貨幣の袋を投げてよこした。
「かっこつけんな、へそくりって言えよ」
ゴードンは歪んだ笑みで勝ち誇ると、テントから出ていった。
ジョセフはそれを追い、ゴードンの肩に手をかけた。
「おい、ゴードン、アンタ…」
「ジョセフ、お前は足元見られてんだよ。アイツラが頼れるのはお前だけなんだ、もっとしっかりしろ」
ゴードンは目をそらさず、渡された袋の中の貨幣を一枚ずつ取り出しては指先でこすり、偽造貨幣の確認をしている。
「ゴードン… アンタ、すげぇな」
「は?」
「俺じゃ前金も貰えなかった、と、思う… だから、アンタはすげぇよ、マジで」
「こんなのフツーだっての、商人の基本だ、俺が税理士だった頃は…」
そう言いかけて、ゴードンは口をつぐんだ。
「…"ぜいりし"ってなんだ?魔術師の一種か?アンタ、魔法使えんのか?」
「なんでもねぇ。ほら、さっさと仕事を終わらせんぞ」
「え?でも、前金があれば、指輪は…」
漫然と、それでも賢くは生きてきた。
決して賢明ではない選択。
ここで金貨100枚で去ってしまえば、安全だし、確実だ。
袋の中、およそ千枚は詰まった貨幣の袋。
リスクは避けるべきだし、避けて生きてきた。
こんな事をする意味なんて、あるのか?
自分でもわからない。
ただ、心の中で何かが燃えるような感覚が、数十年ぶりに、灯った気がした。
「まぁ、堅い事言うなよ。あそこでしゃしゃり出ちまった以上は、もうこいつは俺も乗った船だ。この仕事、手伝わせてくれ」
~つづく~
水と油の漂泊者《バガボンド》(3) - ”何のため?”
「ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸いです。
1 note · View note
honyade · 5 years
Text
西村賢太さん × 日下三蔵さんトークショー「古書の深淵を語らう 2019」  比類なき“私小説(賢太文学)” 最新刊『瓦礫の死角』(西村賢太・著、講談社)刊行記念
昨年末に開催された、トークショー「古書の深淵を語らう」(作家・西村賢太 × 漫画家・喜国雅彦)は、古書蒐集家としても知られる両氏のあまりにマニアックな大正・昭和初期の古書トークで大変な盛況となりました。 そして、この令和元年末、もう一人の古書の“巨人”――ミステリ・SF研究家にしてフリー編集者の日下三蔵さんをお招きして、「古書の深淵を語らう 2019」を開催いたします。 もともと横溝正史ミステリを熱烈愛読していた西村賢太さんは探偵小説やミステリ古書にも大変造詣が深く、山田風太郎や日影丈吉、高木彬光、海野十三、大坪砂男などの編著がある日下三蔵さんとの“込み入った”トークは、非常に興味深い内容になるでしょう。 大正・昭和初期本への偏愛、コレクターや文筆家として見たモノとしての本の魅力について、存分に語っていただきます。当日は、互いのお気に入りの超レアな古書も見られるかもしれません。 西村さんの最新刊『瓦礫の死角』は、犯罪加害者家族の背負う罪なき罰を鮮烈に描き、怪作「崩折れるにはまだ早い」も併録された私小説の傑作。 トーク後は、西村さんのサイン会ももちろん予定しています。ぜひご参加ください! ※トークイベント終了後、西村賢太さん、日下三蔵さんのサイン会がございます。
【プロフィール】 西村賢太(にしむら けんた) 1967(昭和42)年東京都江戸川区生まれ。中卒。 藤澤清造『根津権現裏』『藤澤清造短篇集』『狼の吐息/愛憎一念 藤澤清造 負の小説集』、田中英光『田中英光傑作選 オリンポスの果実/さようなら他』、を編集、校訂、解題。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『暗渠の宿』『二度はゆけぬ町の地図』『瘡瘢旅行』『小銭をかぞえる』『随筆集 一私小説書きの弁』『人もいない春』『苦役列車』『寒灯・腐泥の果実』『西村賢太対話集』『一私小説書きの日乗』(既刊六冊)『棺に跨がる』『形影相弔・歪んだ忌日』『けがれなき酒のへど 西村賢太自薦短篇集』『薄明鬼語 西村賢太対談集』『随筆集 一私小説書きの独語』『*(やまいだれ)の歌』『下手に居丈高』『無銭横町』『夢魔去りぬ』『藤澤清造追影』『風来鬼語 西村賢太対談集3』『蠕動で渉れ、汚泥の川を』『芝公園六角堂跡』『夜更けの川に落葉は流れて』『羅針盤は壊れても』などがある。
日下三蔵(くさか さんぞう) 1968年、神奈川県生まれ。 専修大学文学部卒業後、出版芸術社勤務を経て、フリー編集者、アンソロジスト、書評家、ミステリ・SF研究家へ。 山田風太郎をはじめ、ミステリ、SF作品の「復刻」を軸とした編集に定評がある。 アニメ・特撮ソングの研究家という一面も持つ。 2005年、『天城一の密室犯罪学教程』で第5回本格ミステリ大賞(評論・研究部門)を受賞。 著書『ミステリ交差点』『日本SF全集・総解説』のほか、編著『光とその影決闘 木々高太郎』、《山田風太郎奇想コレクション》、《江戸川乱歩全短編》、『皆川博子作品精華 伝奇時代小説編』、《怪奇探偵小説名作選》、《日影丈吉全集》、《年刊日本SF傑作選》(大森望との共編)、《仁木悦子少年小説コレクション》、《日本SF全集》、《中村雅楽探偵全集》、《都筑道夫少年小説コレクション》、『筒井康隆、自作を語る』など多数。
日時 / 2019年12月18日 (水) 19:00~20:30(開場時間18:30) 会場 / 本店 8F ギャラリー 募集人員 / 100名(お申し込み先着順) ※定員になり次第、締め切らせていただきます。 主催 / 主催:八重洲ブックセンター    協賛:講談社 申込方法 / 下の「予約受付カレンダー」で12/18(水)19:00の当イベントを選択していただき、お申し込みフォームにご記入のうえご送信ください。予約完了メールをご返信いたします。
※「[email protected]」からの予約完了メールを受け取れる状態にしておいてください。 ※ご参加には当店での対象書籍のご購入が必要です。1階インフォメーションカウンターにご用意しますので、お申し付けください。開場時間以降は、8階会場入口で対象書籍のご購入ならびに入場受付をいたします。開演直前は混雑しますので、お早めにご来場ください。 ※書籍の発売前でもご予約できます。
▼参加対象書籍 『瓦礫の死角』 (12/9発売、本体価格1,500円)
★八重洲ブックカードゴールド会員の方は、ご予約のみでご入場いただけます。ご入場の際にゴールドカードをご提示ください。 予約受付カレンダーはこちら(ページ下部)
Tumblr media
イベント情報の詳細はこちら
from honyade.com https://ift.tt/2YIfVap
0 notes
kumagaitomoko · 7 years
Text
西村賢太『形影相弔・歪んだ忌日』新潮文庫
https://www.amazon.co.jp/形影相弔・歪んだ忌日-新潮文庫-西村-賢太/dp/4101312877 日頃から大正時代、昭和初期の文章をよく読むので西村賢太の文体は大変しっくりくる。西村氏の敬愛する藤澤清造は小山内薫の下働きのようなことをしていた時期があり、その関係から氏の本も読み始めて2年前の夏にどっぷりハマってあらかた読みましたが、この間に出た本が結構あるみたい。この夏にいろいろ読みたい。 この短編集は若かりし頃のもあり、秋恵ものもあり、最近のもあり、でまんべんなく。なかでもやはり秋恵ものが好きですが(『小銭をかぞえる』はまじで最高)、今回の『青痣』の、貫多がブチギレてDVに及ぶまでの秋恵とのやりとりが本当におもしろかった。
0 notes
buriedbornes · 5 years
Text
第26話 『ある術者の1日 (2) - “昼の陽光”』 One day of a necromer chapter 2 - “Daytime sunshine”
Tumblr media
ダレンが過去を思い出す時、それは必ずどこか甘い痛みと胸が張り裂けんばかりの後悔が込み上げる。
今よりも以前、ダレンもヘルマンも、彼らより少しだけ年少のマルクも、――そしてエミリアもいた頃の事。
まだ破滅の序曲に気付いていたものが少なかった時代、ダレンたちも幸福な少年時代を送っていた。
今とはあまりにも状況が違った。屍者は跋扈せず、街は色に溢れ、活気に満ちていた。
ダレンのように親が殺されて孤児院に迎えられた者は、まだ幸福だった。ダレンの孤児院は特に待遇がよく、両親が健在ではあったが貧しい生活を強いられてきたころに比べれば、圧倒的に生活の質は上がった。
それでも両親が無残に殺された光景は薄れることがなく、ダレンは周囲に中々馴染めなかった。周囲も『運が悪い可哀相な子供』とダレンが自分で立ち直るのをゆっくりと見守り、ダレンに様々な書を通じて知識を与えることにした。
その閉じた心を開いたのが、エミリアだった。
「ねぇ、何を読んでるの?」
同じ年頃の子供と離れた木陰で大判の古書を読むダレンが、物珍しく、もしくは奇異に見えたのかもしれない。
柔らかな日差しを背負ったエミリアはきらきらと清廉に輝き、初めてダレンは天使を見たと思った。
「医療、魔術……?」
ぽかんとエミリアを見上げていたばかりだったダレンの手元を、エミリアが覗き込んだ。
医療魔術。
その言葉を読み上げられて、ダレンの頬に朱が差した。
ダレンを襲った悲劇を知らぬ者は街にはいないだろう。エミリアの穏やかな表情が一瞬曇ってしまう。
「その本難しい?」
「え……」
「教えて。私も知りたいわ」
エミリアがダレンといるのを見て、ヘルマンとマルクも近づいてきた。元は同じ学校で席を並べる友だ。打ち解ければ、距離が縮む時間もそれほどにかからなかった。
ほどなく、図書館籠もりの小さな4人組の事は、そこを出入りする者であれば、知らない者はいなくなった。
かつてダレンは、両親を亡くしても感情を表に出さなかった。衝撃が大き過ぎてどうしていいか分からず、徐々に不感になることで耐える技術を持ったダレンを、まだ若かった学友たちは不気味に感じて避けていただけで、心底忌避していた訳ではなかった。
そんな彼らの友情を深める契機になったものが、『医療魔術』だった。
新しい文献やもう忘れ去られた術法を見つけ出すのは、いつも決まって古い図書館。
ヘルマンとダレンが医療魔術の技術を語り、マルクが新しい本を探してくる。ああでもないこうでもないと語り、魔術を試した日々。
刺激的で、自分の境遇を忘れていられた唯一の時間だった。
その記憶を振り返る度、エミリアの慈悲深く愛らしい天使のような、清純な笑顔が一番に思い出される。
ダレンを救ったのは、ヘルマンやマルクへの友情と、エミリアへの淡い、その年頃に似合いの初恋だった。
目が合うとエミリアは、きょとんと目を丸めてからふわりと微笑む。その軽やかな笑みを見る度、胸がときめいた。
4人で一緒にいながら、全員がエミリアを中心に傍にいたことに気付かない訳がない。
全員にとってもエミリアは救いの天使だった。彼女がいたからこそ繋がり合い、喧嘩をしても仲裁役を必ずしてくれた。
だが、ダレンは誰よりも知っていたはずだった。幸福は突然、音もなく崩れ去るものだと。
永遠に続くように思える日々こそ、もろく蜃気楼のようなものなのだ、と。
Tumblr media
瓦礫の隙間に、震え身を隠す男の姿を、屍者の軍勢が見出す事はついになかった。
唐突に訪れた世界の崩壊の日。街に溢れかえる屍者達とおぞましい死臭。
誰もが必死で逃げ惑った。古い予言を知るものも、知らないものも、老人も赤ん坊も屍者の前では平等に無力だった。
何が生死を分けたのか、ダレンは今でも分からない。
ただ、混乱が収まった時のことは鮮明に覚えている。
エミリアが寝ていたのだ。混乱の収まった街の片隅、かつてダレンにはじめて話しかけてくれたあの大きな木の下で、エミリアは目を伏せていた。
まるで、眠っているように。
もう大丈夫だと声をかけようとして、その異変にダレンは凍り付いた。
エミリアの体の下、ドレスを染め抜く赤い色。
どうして、自分は逃げ回ることしか出来なかったのか。自分よりもか弱いエミリアを探すべきだったのではないか。もう何も感じまいと思っていた凍った心が強く震えた。
「エミリア……? エミリア……何故……何故だ……」
触れたエミリアの頬は氷のように冷たかった。
人目を憚らずエミリアを抱き締めることが出来たのは、彼女が冷たい骸になってからだった。
「ダレン、汚れてしまうぞ」
ヘルマンがダレンの肩を叩いたが、エミリアを離すことが出来ない。
「このままじゃエミリアが可哀相だ、ちゃんと弔ってあげよう。そうして、僕達も逃げなくちゃ。きっとまた屍者が戻ってくる。あいつらが僕らを今度は八つ裂きにするんだ」
マルクは呪いのようにぶつぶつと繰り返す。
エミリアを抱えて、陥落した街から逃げた。エミリアを埋葬するための、そして安全に隠れられる場所を探して。
どういう経緯でこの墓地の近くの古びた小屋に辿り着いたのかは覚えていない。それでも、いつの間にか見つけた小屋で、倒れ込むようにして眠ってしまっていた。
夢さえ見ないような深い眠りから覚めても、エミリアは目���めなかった。
Tumblr media
世界が崩壊し、エミリアの魂がダレン達の前から去っても、朝は同じようにやってきて、ダレン達を無情にも照らしていた。
血の気の失せたエミリアを前に呆然としていたダレンの視界に、そっと影が落ちる。
「いつまでもこうしていられない」
マルクだった。
「……埋めよう」
「なら、このままじゃ可哀相だ、綺麗にしてあげよう」
「綺麗に……?」
「この辺りに壊死患部を腐敗から守るのに使ってた野草が生えてる」
気付けばマルクが腕にたくさんの野草を抱えていた。動く気配のないダレンを傍目に、マルクが黙々と手を血に汚しながらエミリアを綺麗にしていく。
「すまない、マルク」
「別に。このままエミリアが変わるのなんて見たくないって気持ちは同じなだけ」
このまま、エミリアは眠り続ける、終わりのない時の中を。
全員が無表情で、学んだ医術や医療魔術の知識を使い、エミリアのために時を止める処置をする。
朽ち果ててしまう運命を否定したかった。
「墓標には何を刻もう」
ヘルマンの声は強張っている。
「……美しいひと」
ダレンはそれだけを呟いて、墓標にそう刻んだ。
マルクは頷くと、黙って見つめていた。ヘルマンは、俯いて、肩を震わせていた。
エミリアは美しかった。その姿も心も。これ以上理想的な言葉は見つけられないとさえ思った。
その後、この土地の前の主が遺した冒涜の記録に触れ、俺達の戦いは始まった。
Tumblr media
窓から差し込む月明かりがマルクの顔の半面を照らし、妖しい眼光を煌めかせる。
ダレンの目の前には6本の腕を持った奇怪な男の解剖図が、ずいと眼前に押し出された。
視界を塞ぐその解剖図は、正直吐き気を催すほどだ。
「やめろ。何のつもりだ」
「だから、これだ。屍体に他の屍体を繋いで強化するんだ! この解剖図は昔の技術が描かれてる! よく見て!」
興奮した様子でマルクは繰り返し、解剖図をバンバンと叩いた。
「何を言ってるか分かってるのか?」
「分かってるさ」
「ならそんなものはしまって忘れろ。もうこんなに遅いんだぞ」
ダレンが本を押しのけると、マルクはきょとんと目を丸くしていた。
「ダレンこそ分かってる?」
「マルク。落ち着け、新しい技術を見つけて興奮するのは分かるが、現実的じゃないだろ」
「これ以上に現実的な事、今他にあると思う?」
マルクの目は妖しく光ったままだ。
「だって、分かってるよね。このままじゃ僕達は全員死ぬ。しかも飢えながら、いつ襲われるか怯え続けてね」
「止せ」
「止さない。思考停止は悪だ」
「マルク」
マルクがダレンの腕を掴む。その強さにダレンはぐっと眉根を寄せた。
ここまで頑なだっただろうか、マルクは。
「昔の文献があっただけじゃ、実際に可能かなんて分からないだろ」
「かなり詳しい方法が乗ってるんだ、きっと出来る。僕達なら。医療魔術も使えるし、実際に屍体をコントロールする事だって出来てる」
「おい。落ち着いてくれ」
「ダレン。これはチャンスだ。このタイミングでこんな記述が見つかるなんて、まだ神様は僕達を見捨ててないってことだ」
本の記述を熱心に読み耽るマルクは、ダレンを見ずに続ける。
「可能だ。これは可能なんだ、弱い素材でも強化することが出来る。今まで雑兵を使ってたから負けてどんどんじり貧になって来たけど、今度は違う。限りある素材を補い合って長く戦える」
「今でもBuriedbornesを使ってるだろ」
Buriedbornesも魔の契約だ。ダレンがいなければ、マルクとヘルマンだけでは精神破綻を起こして、既にこの生活を維持することは叶わなかったはずだ。
それほどまでに危険な魔の契約に手を染めているのに、更に先へと進もうというのか。ダレンはマルクの提案に頷く事が出来なかった。
「もう既に倫理は死んだ」
マルクはにやりと笑う。
「そうじゃないか、ダレン。僕達はもう墓を掘り起こして、屍体を使ってる。今更何を取り繕う必要があるんだ。それに逃げ延びた場所にこの本があることは導きだと思わない?」
「エミリアがこんなことを望むか!?」
「なら、エミリアがいても、この方法を試さずに彼女を死なせるの?」
マルクの言葉は鋭いナイフのようにダレンの首にピタリと張り付いた。
心臓がバクンと大きく鼓動を打つ。
もしも、エミリアがここにいて、自分はエミリアのために清廉でいることと、エミリアを生かすために禁忌を冒すことのどちらを選ぶだろう。
エミリア。
美しい天使。
「ダレン。ダレンがいなかったら、僕がいくらBuriedbornesの術を完成させても生き延びられなかった。それは間違いない。だからこそ、これも神の導きだと僕は思う」
「マルク……」
「そして、ここでこの技術を知った。これは導きじゃないのか? もう既に墓を暴いた僕達が何を恐れるんだ?」
もう既に墓を暴いた。
そのことは仕方ないとダレンも割り切っていた筈だった。屍者に生身で勝てる術をダレン達の誰も持っていなかった。まだ医療魔術やBuriedbornesを知っていただけ、恵まれているのだ。
「墓を暴くのことと、屍体に手をかけるのは違うことだ」
「同じだ。その兵士の家族からしたら、どっちも同じくらいおぞましいことだ」
「でも、生き延びるためだった!」
「なら、何を悩むことがあるの。出来ることが見つかったっていうのに」
廊下から物音がし、燭台を手にしたヘルマンがマルクの部屋に顔を出した。
今起きたばかりと言った様子で、何度も瞬きをしている。
「おい、こんな夜に何を言い争っているんだ」
「すまない。起こしてしまったか」
「あれだけ大きな声で言い合っていて起きない方が可笑しい。何した」
どうした、ではなく、何した、と言われたことにダレンは溜息を吐いた。
マルクは、ダレンにもしたように、ヘルマンにも誇らしげにあの解剖図を見せた。見る間にヘルマンは忌々し気に表情を歪める。
「なんだ、悪魔か?」
「違う。新しいBuriedbornesを強化するための技術」
「はぁ?」
「昔にあったんだ、貧弱な屍体でも強化すれば優秀な戦士になるってある」
「正気か?」
その問いはマルクにではなく、ダレンに向けられたものだった。ダレンは肩を竦める。
マルクは正気だし、本気で言っているのだろう。だからこそと戸惑いが拭えない。
「現実的に不可能だ。いくらダレンがいても、ダレンには腕が2本しかない、そんな悪魔みたいに6本もある体なんて強化じゃない退化だ。使いこなすことなんて出来ん」
「ヘルマン達は何もわかってない。僕が正しいんだ。理論上は多肢化に伴う脳の感覚相異も適切な訓練を経れば解決できる。幻肢痛の逆だし、伸びた髪の先に感覚があるのと一緒だ」
「とにかく俺は反対だ。出来んもんは出来ん。それに、そこまで落ちぶれたくない」
「じゃあ、このままじりじりと死を受け入れるって?」
「魂の眠りをそこまで無碍にすることはしない。それがたとえ見知らぬ誰かであろうと」
マルクは��めた目でヘルマンを窺い、それから、ダレンを見た。
ヘルマンの登場でかえって冷静になった。
生き延びるために墓を暴き、屍者と戦うため魔の契約を使った。そんな自分達が何を迷うというのか。エミリアがここにいたら、恐らく自分はきっと……――
「このままでは俺達全員、餓死するか、屍体どもに見つかって殺されるか、だ……」
それは誰でも分かる事だ。自覚している、けれど。
ダレンはしっかりと言葉にした。
「でも、だからと言ってそんな事出来るわけないだろ、マルク、落ち着け」
「……」
マルクは何も答えずに、じっと解剖図を見つめている。
「マルク! 聞いてるか」
ヘルマンが声を荒げた。
「いいか、絶対に辞めろ。まだ死ぬと決まった訳じゃない。可笑しいと思わんか? そこまで堕落していいのか?」
「これがあれば生き延びられる」
「マルク、黙れ。それでも出来ん、俺達は人間であるべきだ」
話は終わりだと言わんばかりに、ヘルマンは大きな足音を立てて部屋を出て行った。
人間であるべきだ、その言葉は理解できる。では、すでに墓を暴いた人間があるべき人間とはどんな存在だろうか。
ダレンは心の底が震える感触を必死で押し殺して、自分の部屋に戻った。
Tumblr media
それから、少しの時間。
ダレンは自身のベッドの中でじっと目を凝らしていた。粗末な毛布を握りしめ、夜の闇を見つめていた。
ヘルマンの部屋は早々に灯りが消え、マルクの部屋からは神経質そうないら立った足音が響いていたが、少し前に灯りも消え、物音も消えた。
完全なる静寂。
その中でダレンはようやく体を起こした。
――なら、エミリアがいても、この方法を試さずに彼女を死なせるの?
マルクから投げかけられたその言葉が、ぐるぐると頭を回っている。
研究室にそっと向かい、また闇に目を凝らす。誰も気づいていない。
エミリアがいたら、この方法を試さずここで彼女を死なせるのか?
エミリアがまだ生きていたら、彼女を見殺しにするだろうか? エミリアに孤独を救われたこの俺が?
そんな事は、絶対しなかっただろう。彼女を守るためなら、きっと俺は、この方法も厭わず使うはずだ、これは当然の事だ。生きるために、エミリアを守るために。
安置しておいた屍体を何体か検め、一番筋肉質な腕を選んだ。戦死した時の傷か、足は骨まで粉砕して原形がなかったが、両腕はしっかりと残っている。
無言と反するように、研究室には鋸を一心に引く音と骨の断ち切れる聞いた事のない音が響き始めた。
マルクに眼前に押し付けられた解剖図は、すさまじいインパクトでダレンに記憶されている。
不感になる事は、皮肉ながら慣れていた。
エミリアを今度こそ守り抜く。二度と彼女を失わないために。
「……出来た」
自分の声が虚ろに響く。
ダレンの目の前には、屍者よりも奇異な4本腕の屍体の兵士がいる。
再度耳を澄ます。誰も起きていない。
ダレンはゆっくりとBuriedbornesを開始した。自らの作り出した奇怪な化け物を試すために……
~つづく~
原作: ohNussy
著作: 森きいこ
※今回より、ショートストーリーはohNussyが作成したプロットを元に代筆していただく形になりました。ご了承ください。
ある術者の1日 (3) - ”日暮れ”
「ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸いです。
0 notes
honyade · 8 years
Text
西村賢太さん × 南沢奈央さんトークショー 西村賢太著『芝公園六角堂跡』(文藝春秋)刊行記念
西村賢太さんの最新作品集『芝公園六角堂跡』の刊行記念トークショーを開催します。対談のお相手は、西村作品のファンで愛読者である女優・南沢奈央さんです。西村さんが貫多シリーズの「別格」と位置づける『芝公園六角堂跡』について、また本や小説の魅力についてなど、お二人に大いに語り合っていただきます。ご期待ください!
※サインは対象書籍にのみ入ります。それ以外のものにはサインはできません。 ※写真撮影はお断りいたします。
日時:2017年3月8日 (水) 19時00分~(開場:18時30分) 会場:本店 8F ギャラリー 募集人員:100名(申し込み先着順) ※定員になり次第、締め切らせていただきます。
申込方法 1階カウンターにてご参加のお申込みを承ります。 当店で対象書籍『芝公園六角堂跡』(本体価格1500円、2/28発売)をご購入いただいた際に、参加希望の方へ参加券をお渡しいたします。参加券1枚につき、お1人のご入場とさせていただきます。 お電話によるお申込みも承ります。(電話番号:03-3281-8201) ※トークショー終了後、西村賢太さんのサイン会がございます。 ※対象書籍の発売前でもイベントはご予約できます。 ご購入はイベント当日でも構いません。
主催:八重洲ブックセンター 協力:文藝春秋
西村賢太(にしむら けんた) 1967年7月、東京都江戸川区生まれ。中卒。新潮文庫版『根津権現裏』『藤澤清造短篇集』、角川文庫版『田中英光傑作選 オリンポスの果実/さようなら他』を編集、校訂、解題。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『暗渠の宿』『二度はゆけぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『廃疾かかえて』『随筆集 一私小説書きの弁』『人もいない春』『苦役列車』『寒灯・腐泥の果実』『西村賢太対話集』『小説にすがりつきたい夜もある』『一私小説書きの日乗』(既刊四冊)『棺に跨がる』『疒の歌』『下手に居丈高』『無銭横町』『痴者の食卓』『東京者がたり』『形影相弔・歪んだ忌日』『風来鬼語 西村賢太対談集3』『蠕動で渉れ、汚泥の川を』などがある。
南沢奈央(みなみさわ なお) 1990年6月15日生まれ。埼玉県出身。2006年にデビュー。ドラマ、映画、舞台、CMなど幅広く活躍中。近年の出演作は大河ドラマ「軍師官兵衛」、ドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」、「不機嫌な果実」、主演映画「HANA~ひとつ。」、舞台「サバイバーズ・ギルト&シェイム」など。NHK Eテレ「サイエンスZERO」にナビゲーターとしてレギュラー出演中(毎週日曜午後11:30~)
イベント情報の詳細はこちら
from honyade.com http://ift.tt/2mDxGr9
0 notes